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第69話 ルベンゲーブ精錬工場 1483年(1943年)6月22日 ウェンステル領ルベンゲーブ 「司令官、おはようございます。」 ルベンゲーブ西部の高台にあるルベンゲーブ防空司令部。その建物内にある執務室に、従兵が入って来た。 「おはよう。今日もいい天気だな。」 執務室に座って書類に目を通していた、防空司令官であるデムラ・ラルムガブト中将は上機嫌で返事した。 顔は少しばかり皺があるが、顔つきは精悍そのもので、一見すると実戦を渡り歩いてきた猛者に見える。 短く刈り上げられた髪が、その雰囲気を際立たせていた。 実際、彼は生粋のワイバーン乗りであり、去年の10月までは1個空中騎士隊を指揮して、アメリカ軍と戦っていた。 年は今年で44歳になり、まだまだ働き盛りである。 従兵は、いつも通りラルムガブト中将の机に香茶を置くと、一礼してから退出した。 彼はカップを持って、椅子から立ち上がり、後ろの窓に体を向ける。 「魔法石精錬工場か・・・・・・いつ見ても壮大な物だ。」 ラルムガブト中将は、そう呟いた。着任してから、何度と無く吐いた言葉だ。 窓の外には、このルベンゲーブを特徴付ける広大な精錬工場が並んでいる。 ルベンゲーブは、ウェンステル公国の中で最大規模の精錬工場を保有しており、この地域には、1.2ゼルドほど 北に離れた標高1480グレルの高さを持つ山々から、無尽蔵に魔法石の原石が採れる。 その魔法石鉱山から取られた原石は、この精錬工場に運ばれて加工される。 精錬工場は、大きく7つの区画にわかれている。 北側には、それぞれ300グレルほど間隔を開けて2つの工場群が並び、その南には3つの工場群、そして更に 南には2つの工場群が整然と並んでいる。 広大な平原を埋め尽くさんばかりに立てられた精錬工場郡は、まさにウェンステル公国の誇りとも言える物だ。 「この精錬工場から作られる魔法石が、俺達を支えている。占領される前は俺たちを殺すために作られていたのに。 時の流れとは、実に皮肉な物だ。」 ラルムガブト中将は苦笑しながらそう呟いた。 この精錬工場群が、シホールアンル軍の手に落ちたのは1481年1月の事だ。 ウェンステル軍は、シホールアンル軍にこの工場群を渡すまいと、工場の一斉爆破を企てた。 だが、事前にシホールアンル軍特殊部隊の妨害や、シホールアンル軍主力の急進撃によって一部が爆破されたに過ぎなかった。 この工場群を接収したシホールアンル軍は、本国にいる労働者や専門家、それに職を失った現地人計3万人を雇い、再び工場を稼動させた。 7月には破壊された工場も復旧され、全ての工場がフル稼働し始めた。 今では、シホールアンル軍に引き渡される魔法石のうち、2割はこのルベンゲーブの工場群から生産されており、 シホールアンルにとっては重要な魔法石生産拠点となっていた。 最近では、陸軍の陸上装甲艦に搭載される新しい魔法石もここで生産され、ルベンゲーブの戦略的価値はますます高まって来ている。 そのルベンゲーブを守るのが、ラルムガブト中将が指揮する防空軍団である。 唐突に、ドアがノックされた。 「失礼します。」 ドアの向こう側から声がした。 ドアが開かれると、1人の将校が小脇に書類の入ったファイルを携えながら執務室に入室して来た。 「司令官、おはようございます。」 「おはよう、主任参謀。」 ラルムガブト中将は、主任参謀であるウランル・ルヒャット大佐に返事をした。 「早速ですが、報告に参りました。」 面長のルヒャット大佐は機械的な口調でそう言うと、ファイルの中から紙を取り出した。 「本日、本国から増援のワイバーン38騎が、午後1時頃にルベンゲーブに到達するとの情報です。」 「ふむ。予定通りだな。」 ラルムガブト中将は報告を聞くと、満足そうに頷いた。 「これで、ワイバーンの予定数は揃いますな。」 「そうだな。これで、アメリカ軍機がいつ来ても怖くないぞ。」 そう言ってから、ラルムガブト中将は香茶を一気に飲み干した。 ラルムガブト中将の指揮する防空軍団は陸軍の第97空中騎士軍を中心に編成されている。 第97空中騎士軍は、第82空中騎士隊、第102空中騎士隊、第109空中騎士隊の計282騎の戦闘ワイバーンで編成されている。 本来は第82空中騎士隊と、第102空中騎士隊のみがルベンゲーブの防空を担当していた。 元々はこの2個空中騎士隊で充分なはずであったが、3月18日に突然起きた、アメリカ機動部隊による空襲で事態は一変した。 このルベンゲーブには120機以上の艦載機が飛来し、主にワイバーンの基地を狙ったが、一部は工場にも投弾し、若干の被害を与えた。 シホールアンル側はワイバーンと、対空砲火によって戦闘機12機と、攻撃機14機を撃墜したが、自らもワイバーン23騎を失った。 当初、アメリカ軍の攻撃部隊はまだ、北大陸に来るはずが無いと思われていたが、この空襲によってルベンゲーブは後方という意識が薄れた。 「今回は小規模な空襲で終わったが、いずれは今回以上の大編隊か、大型爆撃機を用いてやってくるに違いない。」 そう確信したラルムガブト中将は、直接本国に戻って上層部と直談判を行い、ルベンゲーブ駐屯のワイバーン部隊並びに 高射砲部隊の増援を確約させた。 その結果、ワイバーン隊は新たに1個空中騎士隊が補充と共に増強された。 工場群を守る対空砲郡も大幅に増やされ、今では高射砲170門、対空魔道銃520丁が配備されるに至った。 問題があるとすれば、いつやって来る敵を見つけるかであった。 シホールアンル軍は、アメリカ軍のようにレーダーを持たない。(未だにレーダーの存在を知らない) 敵に対しては、いつもながらの見張りでしか対応できないが、ここ最近は周辺の山岳地帯や海岸線に監視小屋を設け、 24時間交代で見張りを行っている。 「つい最近までは、いつアメリカ軍の空襲部隊が襲って来るか、常に不安でまたらなかったが、これだけの兵力があれば、 どんな飛空挺が来ようが目に物を見せてやれる。」 「備えは万全でありますな。」 「そうだ。敵がこのルベンゲーブに来るまでは、高空から来るしかない。低空飛行を行えば、周囲の山脈に激突する 可能性がある。低空で来るとしたら、周囲の山々の間を抜けて来るしかないであろうが、そんな神懸り的な事は敵には 到底出来まい。」 「今後の敵の空襲では、充分な爆弾搭載量を誇る大型爆撃機が来襲するかもしれません。特にフライングフォートレスの 大群に来られたら、ちと厄介な話になりますな。」 「確かに、フライングフォートレスは恐ろしい奴だ。だが、そのフライングフォートレスの恐ろしさも、敵の戦闘機が 護衛についていなければ、ただの空飛ぶ棺だ。」 そう言って、ラルムガブト中将は不敵な笑みを浮かべた。 現在、アメリカ軍はミスリアル王国の北西部に新たな飛行場を作り、そこからヴェリンス領やカレアント領に猛爆を加えている。 一番北にあるミスリアル西部から、直線距離で400ゼルドは下らない。 その一方で、アメリカ軍戦闘機の平均航続距離は600ゼルド未満。これでは、到底往復できるはずも無い。 戦闘機の援護の無い爆撃機は悲惨な末路を辿っている。 今から1ヶ月前の5月10日。 カレアント北部を爆撃していたB-17爆撃機24機が、68機のワイバーンに護衛戦闘機の居ない隙を衝かれてしまった。 B-17郡は必死に迎撃したが、18機が奮戦空しく撃墜されてしまった。 このように、戦闘機のいない丸裸の爆撃機など、ワイバーンにとっては単なるでかい的に過ぎないのである。 その爆撃機が、戦闘機の護衛なしに来よう物ならば、それこそワイバーン郡の格好の餌食となる。 「当分は、大型爆撃機が出張って来る事はないでしょうな。」 「そうだな。アメリカ軍は意外に慎重だからな。一見無謀のような攻撃を仕掛けても、実は後方に予備が控えている事は よくあるからな。最近ではそのような事しかない。だから、アメリカ軍の大型爆撃機は、無闇やたらに犠牲の多そうな 攻撃はして来ないだろう。」 「陸軍機の攻撃よりも、海からの襲撃に気を付けねばなりませんな。」 「そうだ。アメリカ海軍の空母部隊は、気を抜いた時に襲って来るからな。ここ最近は新鋭空母も含めて攻撃して 来るようだから、被害は馬鹿にならんようだ。敵が来ないうちに、もっと防衛戦力を集めたほうが良いかも知れん。」 そう言って、ラルムガブト中将は舌打ちした。 ルベンゲーブの備えは万全ではあるが、不安要素が全く無くなった訳ではない。 アメリカ海軍は、今年の初旬から機動部隊によるゲリラ戦法を繰り返しており、5月から6月にかけては、 エセックス級やインディペンデンス級と呼ばれる新鋭空母が派遣されたためか、後方に対する空襲が多くなっている。 特に6月に入ってからは、南大陸地域で東西両海岸で計7回、北大陸南部の東西両海岸では4回。 計11回に渡って空襲が繰り返されている。 それのみならず、アメリカ潜水艦による輸送船襲撃も頻繁に行われている。 5月、6月中に米潜水艦の雷撃で撃沈された輸送船は、既に19隻を数えている。 このため、カレアントの前線に届く物資の量は、定数を割り込み始めており、前線部隊からは充分な補給を求む、 と言う言葉が繰り返し発せられていると言う。 幸い、ルベンゲーブには、3月の空襲以来、時折偵察機らしき物が来るだけで敵の攻撃は全く無い。 今の所、ルベンゲーブは平和そのものだが、ラルムガブト中将は、アメリカ軍がこの広大な精錬工場を 虎視眈々と狙っているのでは?と、常に思っている。 「攻撃は無いが、敵の偵察機が何度も現れている事からして、この精錬工場も攻撃のリストに入っているかも しれない。攻撃されるのが今か、それとも数ヵ月後かは全く分からん。だが、敵が今すぐ、この工場を叩く事は出来る。」 ラルムガブト中将は、視線を窓の外の精錬工場群に移した。 「アメリカ人の指揮官がヤケを起こして、護衛無しの爆撃機を大量に向かわせるか、あるいは、空母を3、4隻のみ じゃなく、7、8隻を集めて襲って来ればここはあっという間に蹂躙される。要するに、俺達はアメリカ軍が人命を 大事にしているお陰で、こうして余裕な表情で会話をしている。」 「逆に言えば、敵が犠牲をいとわぬ方法で攻撃すれば、ルベンゲーブは持たないと言われるのですな?」 「その通りだ。」 ラルムガブトは、ルヒャット大佐の言葉に深く頷いた。 「先ほど口から出た言葉を一部訂正しよう。備えは万全と言ったが、相手が未知数の戦力を持つアメリカ相手には、万全ではあるまい。」 彼はそう言いながら、カップを机に置いた。 「例えどれだけ戦力を配備しようと、敵は来るだろう。我々と同等か、」 ラルムガブト中将は、冷たい目つきでルヒャット大佐を見つめた。 「もしくは倍以上の戦力を押し立てて・・・か。まあ、後者のほうはあり得んだろうが、前者のほうはあり得るだろう。」 「司令官は以前、前線にいたようですが、閣下はアメリカ軍を過大評価しすぎではありませんか?」 ルヒャット大佐は棘のある口調でラルムガブト中将に言った。 「確かにそう思うだろうな。去年の10月まで、俺はカレアント中部で空中騎士隊の司令官をやっていた。そこから、 このルベンゲーブの防空司令官に任命されるまでは、大してアメリカ軍を評価していなかった。だがな、主任参謀。 私は最近、少し気付いたのだよ。」 彼はニヤリと笑みを浮かべた。 「アメリカ軍を相手にする時は、過大評価したほうがちょうどいいかも知れぬ、とな。いやはや、こんな話は なるべくしたくなかったものだが。」 彼は微笑みながら、置いてあったカップを手に取った。 「それはともかく、まずは香茶でも飲まんかね?」 6月23日 午前8時30分 ミスリアル王国ミンス・イレナ その日、山の麓で料理屋を営んでいるダークエルフのミルロ・ランガードは、3人の息子達を連れて料理に使う 山菜を採るために、イレナ山脈の中腹辺りまで登っていた。 「ふう、山登りはいつやっても疲れるなぁ。」 ミルロはぼやきながら、白い布で汗を拭きつつ、後ろに振り向いた。 背後には、彼が住んでいるミンス・イレナの町並みが広がっている。 とある旅人は、ルベンゲーブの町並みに似ていると言っていたが、生まれてからずっとミンス・イレナに住み 続けたミルロは、そのルベンゲーブとやらの町は見た事が無い。 それでも、彼はイレナ山脈を登る度に、この光景を見ては、目の前に広がる大自然に感動していた。 「父さん。相変わらず歩くの早いね。ちょっとここで休もうよ。」 息子の1人が、息を切らせながら彼に休憩を要求してきた。 5人いる娘や息子達の中では、一番年長である。 年は既に19を迎えており、先のシホールアンル軍の一大攻勢では、この息子も義勇軍に参加して敵と戦っている。 「軍隊に入隊したくせに、体力の無い奴だなあ。」 「俺は別にいいんだよ。でも、あいつらが。」 長男は後ろに顎をしゃくった。 長男の後ろから続いて来る14歳と12歳の息子が、体全体で息をしながらゆっくりと歩いてくる。 長男はこれまでにも何度か、ミルロと共に山菜取りに出かけているからある程度慣れているが、 後ろから続く息子2人に関しては、今回が登山初参加である。 「あいつら、無茶しやがって。」 ミルロは深くため息をついた。 「あいつらの目的は山菜取りじゃなくて、見物だよ。」 「見物か。全く、憧れるのも大いに結構だが、後々あいつらが足手まといにならんければいいが。」 「なんとかなるんじゃない?ああ見えても、結構頑張り屋だし・・・・おっ?」 唐突に、長男が何かに気が付いた。長い耳を、山脈が途切れた所に向ける。 「父さん、今日も来たみたいだ。」 「ほう、今日もアメリカの飛行機が来るのか。」 ミルロは、その場にあった岩に、ゆっくり腰を下ろした。 「いつもは町でしか見る事が出来なかったが、今日は特等席で見学しようか。」 彼はそう言いながら、山脈が途切れた所をじっと見続けた。 音が山脈の途切れた箇所から聞こえて来る。 ここからでは分かりにくいが、イレナ山脈には、5箇所ほど山が切れている所がある。 言い伝えでは、遥か2000年前にこの地を襲った魔物と勇者が激闘を行った末に、この大山脈の所々が 戦いの際に出された大魔法で切り裂かれたと言われている。 神話にも、このイレナ山脈に穿たれた切れ目をモデルにした物語がある。 音が大きくなり、音の発信源がすぐ近くに来ていると思われた瞬間、山脈と山脈の間から1機の大きな飛空挺が飛び出して来た。 荒削りのような太い胴体に、やや高めに配置された翼に、左右2つずつ、計4つのエンジン。 極め付きは、後ろに取り付けられている変てこな形をした2枚の尾翼が見えた。 「リベレーターだ!すげえ!」 「こんな近くで見るのは初めてだぜ!親父、リベレーターだ!こんなにでかいぜ!!」 2人の息子達は、興奮しながら長男とミルロに言って来た。 「ハハハ、あいつら興奮してやがる。」 「去年の10月に、アメリカ軍の飛行機を見て以来根っからの飛行機ファンだからなあ。」 長男とミルロはそう言いながらも、自分たちもまた、次々と飛来して来るアメリカ軍機に見入っていた。 「山脈を抜けました。もうすぐでミンス・イレナの市街地上空です。」 航法士官の言葉に、機長であるラシャルド・ベリヤ中尉はほっと一息ついた。 「OK。これで神経衰弱は終わり、と。このまま高度を上げつつ、800メートルで市街地上空を抜ける。」 「イエスサー。」 ベリヤ中尉指示に、コ・パイのレスト・ガントナー少尉はそう返事した。 ベリヤ中尉機の前方には12機のB-24が先行し、後方には13機のB-24が、狭い峡谷を巧みな操縦で飛行している。 このB-24爆撃機34機は、第69航空団第689爆撃航空郡に属している。 いや、イレナ山脈の狭い峡谷を抜けるのは、この36機のB-24だけではない。 今年の3月から編成された第5航空軍の新たな戦力である第145爆撃航空師団は、2つの航空団から編成されている。 1つの航空団には、B-24のみで編成された3つの爆撃航空郡で成っており、計6つの爆撃航空郡には総計で300機の B-24が配備されている。 6月19日に、ルイシ・リアンに到着した第145爆撃航空師団は、近々開始される秘密作戦のために、ミンス・イレナの 西に走るイレナ山脈で、山と山の間を飛行する訓練を行ってきた。 ルイシ・リアンに来る前は、バルランド王国内で低空飛行訓練や、イレナ山脈でやった物と同様な訓練も行われていた。 この血を吐くような猛訓練の前に、上層部は事故機が出るのではないかと危惧していた。 実際、事故になりそうな場面は何度かあったが、飛行中の墜落事故は、今の所奇跡的に起きていない。 唯一、着陸時の不運なオーバーラン事故でB-24が1機失われたのみに留まった。 (ちなみに、負傷者は出たが、不幸中の幸いで死者は出ていない) その1機の喪失も、翌日には補充機がやって来て、穴は埋められた。 こうして、血の滲むような猛訓練に耐え切り、最後の仕上げ段階ともいえる訓練に従事している彼らであるが、 上層部はB-24のクルーに対して、どこを爆撃するのか教えていない。 「あの狭い山脈を、今日だけであと2回抜けなきゃならん。上の連中も厳しい訓練を押し付けやがるなあ。」 ベリヤ中尉はやや不満げな口調でぼやいた。 「珍しいですね、機長。いつもはさっさと訓練をやってしまおうとか言ってますのに。」 「どうもな、俺は気に入らんのだ。」 「え?何が気に入らないんですか?」 「馬鹿野朗。貴様は分からんのか?どうしてお偉いさんは俺達の本当の攻撃目標を教えないと思う?」 「と、言いますと?」 「ったく、鈍い奴だなあ。」 ベリヤ中尉は頭を振りながら呟いた。 「俺達は今まで、低空飛行訓練や、山の間を飛び抜けるとか、危ない事を色々やって来た。もしかしたら、 俺達の攻撃目標は、天然の要害を利用した重要な戦略拠点かもしれんぞ。それも、防御の手厚い所だ。」 「えっ?でも飛行隊長はいずれ近場でシホット共に爆弾の雨を降らせられるぞ、とか言っとりましたが。」 「確かにそうなるだろうよ。未知の作戦が終わってからな。それでだが、レスト。行き先を予想しよう。 お前は300機のB-24がどこに行くと思う?」 「どこに行く・・・・ですか・・・・」 ガントナー少尉は2、3分考えた後に答えた。 「エンデルドか、その少し北辺りでしょうか。」 「なるほど。しかし、ちょっと近場だな。」 「機長はどこだと思います?」 「俺か?まあ、俺としては・・・・・北大陸あたりかなと思っている。それも被占領国内にある 重要拠点を爆撃するかもしれん。まあ、俺の大雑把な予想だがね。」 ベリヤ中尉はそう言いながら、高度計に視線を移す。 高度計の針は700を指していた。 「確実に言える事は1つだけだ。それは、攻撃予定の敵の拠点を完膚なきまでに叩き潰す事だ。今までの訓練からして、 敵の目を欺くために、こんな大型爆撃機からは難しい訓練ばかりをやらせているんだろう。」 「でもB-24は、重爆にしては運動性能は良好ですからね。もしかして、シホットの重要拠点は、イレナ山脈の ように山の近くにあるのかもしれませんね。」 「多分そうだろう。恐らく、シホット共の歓迎も盛大に行われるだろうが、望む所だ。」 そう言って、ベリヤ中尉は獰猛な笑みを浮かべた。 「今度の作戦では、リベレーター乗りの真髄をシホット共に教えてやろう。夢に出てくるほどにな。」 6月23日 午後1時 ニュージャージー州カムデン この日、ニューヨーク造船所の桟橋から離れた巡洋戦艦アラスカCB-2は、この世に初めて、その巨体に火を入れた。 全長246メートル、幅32・5メートルの巨体に載せられた3基の55口径14インチ砲は砲身が真新しく光り、 舷側には新鋭戦艦と同様に配置された片舷4基、計8基配備された5インチ連装砲が空を睨んでいる。 艦橋は、大型巡洋艦案とは大きく違うアイオワ級と同様の箱型艦橋が採用されたためか、艦橋後部に屹立する尖塔型の艦橋と 合間って、全体の美しさを一層際立たせている。 その艦橋内で、初代艦長に就任したリューエンリ・アイツベルン大佐は、桟橋に立っている数人の人影を見て、思わず苦笑していた。 「艦長、どうかされましたか?」 副長のロイド・リムソン中佐が聞いてきた。 「あそこの桟橋に、5人ほどの男女が経っているだろう?あれは私の家族なんだ。恐らく、妹達が親父やお袋を焚き付けたんだろう。」 彼はそう言いつつも、笑みを浮かべたまま手を振った。 「艦長、外海に出たら本艦の公試を始めます。」 ニューヨーク造船所の技師が、リューエンリに言って来た。 「分かりました。しかし、この艦は当初の計画より重くなっているようですな。」 「はい。新型主砲の搭載や、装甲の強化等によって、予定の排水量を超えてしまいました。予定排水量は31500トン だったのですが、完成した後の排水量は32900トンにまで増えているようです。」 「う~む。これはちと問題ですなあ。」 「その代わり、本艦の安定性や運動性能においてはかなりの自身があります。大型巡洋艦案よりもかなりゆとりを 持たせて作っているので、高速性能は勿論のこと、旋回性能においてもヨークタウン級空母のそれに近い物になると 見込まれています。」 「なるほど。これは楽しみですな。」 リューエンリは頷きながらそう呟いた。 「艦長、準備が出来ました。」 航海士官のジョン・ケネディ中尉がリューエンリに報告して来た。 「分かった。」 リューエンリは僅かに頷くと、姿勢を真正面に向け、艦橋に仁王立ちとなった。 艦首は港の外に向いており、アラスカの周囲に張り付いていたタグボートは、既に艦から離れつつあった。 「両舷前進微速。」 「両舷前進微速アイアイサー。」 復唱の声が聞こえて数秒後、アラスカの深部にあるバブコックス・ウィルコックス缶8基のボイラーと、 ジェネラルエレクトリック社製のタービンが本格的な動きをはじめる。 180000馬力の機関が本格始動したアラスカの艦体が、微かに揺れた。 (・・・・武者震いをしているのか?) ふと、リューエンリはそう思ったが、その思いに答える者はいなかった。 やがて、アラスカはゆっくりと、港の外に向けて出港し始めた。 この数ヵ月後に、獅子奮迅の活躍をする事になるアラスカの第一歩は、こうして始まった。 ミスリアル王国駐屯第5航空軍編成表 第292戦闘航空師団 第29航空団 第117戦闘航空郡 P-40ウォーホーク36機 第118戦闘航空郡 P-47サンダーボルト56機 第119戦闘航空郡 P-38ライトニング48機 第38航空団 第222戦闘航空郡 P-39エアコブラ48機 第223戦闘航空郡 P-39エアコブラ33機 第224戦闘航空郡 P-47サンダーボルト36機 第151爆撃航空師団 第102航空団 第84爆撃航空郡 B-17フライングフォートレス60機 第85爆撃航空郡 B-17フライングフォートレス48機 第86爆撃航空郡 B-24リベレーター36機 第92航空団 第68爆撃航空郡 B-25ミッチェル48機 第69爆撃航空郡 B-26マローダー41機 第70爆撃航空郡 A-20ハボック52機 第71爆撃航空郡 B-25ミッチェル32機 第293戦闘航空師団 第100航空団 第131戦闘航空郡 P-38ライトニング48機 第132戦闘航空郡 P-38ライトニング48機 第133戦闘航空郡 P-51マスタング36機 第103航空団 第191戦闘航空郡 P-47サンダーボルト60機 第192戦闘航空郡 P-39エアコブラ36機 第145爆撃航空師団 第74航空団 第771爆撃航空郡 B-24リベレーター48機 第772爆撃航空郡 B-24リベレーター48機 第773爆撃航空郡 B-24リベレーター60機 第69航空団 第689爆撃航空郡 B-24リベレーター36機 第690爆撃航空郡 B-24リベレーター60機 第691爆撃航空郡 B-24リベレーター48機
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第123話 火消しのモーデル 1484年(1944年)3月24日 午前7時 レンベルリカ領タラウキント レンベルリカ領南西にあるタラウキントは、かつて、レンベルリカ連合王国と呼ばれた時代にレンベルリカ地方でも第3位の商業都市として 建国以来から栄えて来た。 この町は、商業都市であると同時に、重要な軍事都市でもあり、町の周囲には、石造りの高い塀が聳え立っている。 幾度も繰り返された戦で、このタラウキントは1つの巨大な要塞として機能し、幾万もの敵兵を返り討ちにしてきた。 マオンド軍は、1480年1月に、20万の大軍を持ってタラウキントを包囲し、市街地に立て篭もる5万のレンベルリカ兵を兵糧攻めにした。 2月にはマオンド軍がタラウキント市内に突入し、激しい戦闘が繰り広げられたが、その激しい戦闘も僅か3日で終わり、市内の被害も少なかった。 タラウキントに凱旋したマオンド軍は、タラウキントを始めとするレンベルリカ南西部一帯を統治する根拠地として活用する事を決め、 占領から1ヵ月後には、マオンド共和国からドスレム・トハートグ伯爵が領主として赴任した。 それから早4年が経った。 タラウキント地方の中央都市タラウキント市の中央に位置する、4階建ての城のような建物。 この建物は、マオンド共和国レンベルリカ領南西方面統治本部という名で呼ばれており、アメリカで言うならば州庁舎のような物だ。 普段なら、この建物の天辺には、マオンド共和国の国旗・・・・赤と青の背景に、三方向から交わった剣に黄色の逆三角形が描かれた旗が はためいている筈なのだが、今日はそれとは別の旗が翻っている。 白地に、何かの旗を持つ人影が描かれた絵が、その旗には描かれていた。 建物の3階の執務室では、甲冑を身に着けた幾人かの人物達が、机に置かれた地図を取り囲んで話し合っていた。 「とにかく、これは想定外の事態です。」 1人の若い青年が、地図に描かれた赤い印を、指でつつきながら言い放つ。 「マオンド軍が、こんなに早く大軍を押し立てて来るなどと・・・・まして、40万の軍をすぐに動員して来るとは・・・・」 「敵側の動きはかなり際立っている。司令官、マオンド軍は、我々の同志の中にスパイを紛れ込ませていたかもしれません。」 司令官と呼ばれた、しわ顔の男の側にいた髭面の男が、顔に緊張を滲ませながら言って来る。 司令官と呼ばれた男は、腕を組んだまま黙り込んでいる。 「我々の手勢は10万。それに対し、敵は40万。しかし、こっちはタラウキントという要塞がある。敵が攻めてくれば、別働隊に 側面を衝かせて混乱を起こさせ、その隙に我らが打って出る、という方法もありますぞ。」 左斜めにいる小柄ながらも、がっしりとした髭面のいかつい男が、自信たっぷりに言う。 しかし、彼の意見は正面にいる女性士官から非難を受けた。 「そんなの、無理に決まっているじゃない。私たちの戦力は、別働隊も含めてせいぜい15万程度。だけど、相手は40万、その背後に あと4、5万は控えているわ。いくらザコ揃いのゴブリンや、力しかないオークが多いとはいえ、数にはかなわないわ。」 「ふん、ハイエルフ様のご高説はもう聞き飽きた。これまで、力押しで来たからこそ、ここを解放出来たではないか。」 「あなた方ドワーフ族は、いつも力押しする事しか考えないの?相手が優勢な今は、少しでも被害を抑えるために、この要塞に立て篭もるしかないわ。」 「いや、キルゴール将軍の意見にも一理あるぞ。」 「おい、何を言うんだ。ミリエルの意見が最も現実的だ!」 ハイエルフの士官、ミリエルの意見に賛同する物と、キルゴールの意見に賛同する物が議論をぶつけ合い、しまいには掴みあい寸前の激論に発展した。 「諸君、やめたまえ。ここで喧嘩しても仕方がない。」 司令官と呼ばれた男は、透き通ったような声音で、言い合いをする幹部達に言った。 その言葉を聞いた幹部達は、ばつの悪そうな表情を浮かべつつも、いわれた通りに口論を終わらせた。 「スハルク君。」 司令官は、部屋の隅で佇んでいた男に声をかけた。 「はっ」 スハルクと呼ばれた赤毛の男は、顔に不満そうな色を滲ませている。 「アメリカは動きそうか?」 「・・・・司令官閣下。その事に関しては何度も申したとおり、アメリカ軍はすぐには動けません。はっきり言わせてもらいます。」 スハルクは、憤りが含んだ口調で自分の思いを打ち明けた。 「確かに、マオンドの残虐な手筈を打ち砕いた作戦は見事な物です。しかし、私からすれば、あの時は耐えて貰いたかった。」 「耐えるだと!?」 1人の幹部が顔を真っ赤にして怒鳴った。 「俺達が動かなければ、1万人の同胞が無為に殺されていたのだぞ!?マオンドの圧制に不満を持つ者は大勢いる。このレンベルリカ のみならず、他の国でも反乱が相次いでいる。このレンベルリカだけでも、1万の同胞達が俺たちよりも早く立ち上がった。その同胞達を、 あなたは見殺しにしろと言うのか?」 「・・・・・非常に申し上げにくいですが、あの場合は、そうする以外に道は無かったと思います。そうしなければ、それ以上の人命が 失われてしまいます。」 「貴様!それでも同じレーフェイル出身か!?」 その幹部が、スハルクに飛びかかろうとするが、司令官が片手を挙げて制した。 「なるほど。その考えにも一理ある。だがスハルク君、状況は刻一刻と変わる物だ。もし、反乱が鎮圧されていれば、我々属国軍は自国民の 管理能力が無いと見做され、軍を解体するように命じられただろう。そうなったら、あらかじめ立てた計画が全て台無しとなってしまう。 今回の決起は、そのようなやむを得ない事情も考慮した物だ。」 「しかし司令官。あと2ヶ月・・・・2ヶ月待てば」 「その2ヶ月の間に、どれだけの民が失われる?1万や2万を殺しただけでは、マオンドは止まらないぞ。」 司令官は、きっぱりとした口調でスハルクの反論を封じた。 決起軍の司令官であるレオトル・トルファー中将は、少し前まではマオンド共和国レンベルリカ領南西軍司令官として、マオンド軍の代わりに レンベルリカ南西部の治安維持を任されていた。 マオンド軍は、陸軍だけで130万の人員を擁し、そのうち40万は、ゴブリンやオーク等の亜人兵である。 その兵員数の半分近くは本国にいるが、残りの部隊は被占領国へ派遣され、現地の治安維持に当たっている。 しかし、広大なレーフェイル大陸を収めるには、やはり人員の不足は問題であり、特にレンベルリカ領に関しては、僅か7万程度の軍で 広いレンベルリカを統治せねばならなかった。 そこで考えられたのが、レンベルリカ軍の再利用である。 レンベルリカ軍は、大半がマオンド側の戦闘によって死傷していたが、それでも20万ほどの元軍人が、路頭に彷徨っていた。 マオンド側は彼らに再び仕事を与え、41年9月には属国軍として再編成を終えた。 しかし、属国軍であるレンベルリカ軍に与えられた武器は、全てが旧式の武器であり、常に最新式の武器を揃えるマオンド軍と比べると、 装備の面で大きく劣っていた。 また、治安維持活動に関しても、実質的にはマオンド軍や、マオンド側から派遣された官憲が取り仕切っており、 レンベルリカ軍の地位はとても低い物であった。 レンベルリカを統治するマオンド側の為政者は、レンベルリカの領民達を粗雑に扱ったため、領民らに嫌われていた。 それも当然であろう。 なにしろ、マオンドからやって来たマオンド人や役人達は、常にレンベルリカ人達を見下し、酷い時には気まぐれでレンベルリカ人を 殴り倒したり、どこぞに拉致していくほどである。 嫌われて当然であった。 そんなマオンド人達に対して、不満を募らせたレンベルリカ人の中には、実力行使で訴えようと考える者も出始め、ついには反乱未遂が起きた。 反乱未遂事件は、1483年3月と9月の2度起きたが、いずれも現地のマオンド軍部隊と、レンベルリカ軍によって鎮圧されている。 公式記録では、マオンド軍とレンベルリカ軍が共同で反乱を鎮圧し、平和の芽を摘み取ろうとする反逆者達に鉄槌を加えた、とある。 だが、実際には、マオンド側は出動したレンベルリカ軍が反乱側に接触する前に独断で攻撃を仕掛け、レンベルリカ側が立ち入る余地を全く与えなかった。 この2つの反乱事件では、反乱を企てた関係者のみならず、無関係の民も反逆者として吊るし上げられ、多くが同胞の面前で処刑された。 この一連の事件で、実に7000人ものレンベルリカ人が命を落とし、3000人がどこかに連れて行かれたまま、今も行方が分かっていない。 レンベルリカ南西軍の司令官であるトルファー中将は、占領以来、暗黒時代と化していたレンベルリカに、日々憂鬱を感じていた。 この国やって来たマオンド人は、全てがではないが、大多数が自分を神のように思い、領民達を見下すろくでなしばかりだ。 マオンド人が犯罪を起こしても、そのほどんとは罪に問われず、問われたとしても本国にサヨウナラで済んでしまう。 レンベルリカ軍は、ただ、存在するだけの軍隊でしかない。演習は制限され、与えられる武器は、使えないではないが、それでも古びた物ばかり。 仕事といえば、自国の民を監視し、自制を促すだけ。部隊の移動命令を下そうにも、いちいちマオンド軍の許可が必要になる。 敗戦国とは・・・・・その軍とは、こうも惨めなものか? その思いは、トルファー中将のみならず、レンベルリカ軍に所属している将兵がいつも繰り返している自問であった。 しかし、そんな彼らに転機が訪れた。 1483年9月。血みどろの反乱事件が収束した時期に、トルファー中将は1人の男と出会った。 帰りに、酒場の安酒をあおっていたトルファー中将は、たまたま行商人と名乗った男と共に飲んだ。 男は、酒に酔っているトルファーに向かって、 「マオンドは呑気でいいもんですねぇ。シホールアンルは、南大陸でこれまで以上に大苦戦を強いられていると言うのに。」 と、何気ない口調で言い放った。 その時は、トルファーは何を言っているのか分からなかったが、3日後、マオンド軍の士官から驚くべき情報を聞いた。 「シホールアンルが一生懸命頑張っている今のうちに、我々マオンドはもっと力をつけねばなりませんな。」 その士官は、頑張っている、という言葉を口にした時、一瞬だけ表情を暗くした。 その士官との会話は、5分も満たない物であったが、トルファー中将は、酒場で聞いた戯言と、あの士官の言葉に何か関係があるのではないか?と疑った。 それから1週間後。トルファー中将は行商人という姿で正体を隠していた、アメリカ側のスパイと再会したのである。 その男こそ、ヘルベスタン人のスパイであるフェクス・スハルクであった。 スハルクは、彼の正体を見破りつつも、それをマオンド軍に報告しなかったトルファーが反乱を企てている事に気が付いた。 トルファーは、内心では反乱を望んでいたが、与えられた武器が劣弱な事や、兵の士気が低く、とても反乱を起こすまではいかないと分かっていた。 そこにスハルクは食い付いた。 「では、優秀な武器をあなたに差し上げましょう。」 その日、スハルクは不可解な言葉を残して、トルファーの前から姿を消した。 10月に入ると、マオンド軍はレンベルリカ沖合いに展開していた警戒部隊の大半を、大陸西岸の防備に回した。 10月1日から10日にかけて、マオンド側は実に7隻もの輸送船をアメリカ潜水艦によって撃沈され、5隻が大破するという大損害を被った。 このような数字は、1ヶ月過ぎてようやく出てくる物なのだが、アメリカ海軍は潜水艦作戦に力を入れたのであろう、マオンド側の被害が急増し始めた。 それと呼応するかのように、12日、再びスハルクがトルファーの前に現れ、16日、東部のタスプスで武器を与える、と伝えて来た。 トルファーは、マオンド軍司令部に東部視察行の申請をし、許可を得ると、すぐにタスプスに飛んだ。 彼は、15日にはタスプスに到着し、現地の部隊を閲兵した。 その日の深夜、トルファーは3人の側近と、いつの間にかタスプスに来ていたスハルクと共に、もぬけの空となった海岸で武器を待っていた。 トルファーは、この時点でまだスハルクを信用していなかった。 もし、スハルクが言った事が嘘であれば、トルファーはスハルクをマオンド側のスパイとみなし、殺すと決めていた。 しかし、トルファーの懸念は杞憂に終わった。海岸から500メートル離れた沖に、3隻の米潜水艦が現れたからだ。 その日から、トルファーを始めとする反乱一派は、アメリカ側から武器援助を受け続けた。 武器援助はたった1ヶ月のみで終わったが、その頃には、同志が秘密の武器工房を多数開設し、そこで良質の武器を次々と作り始めた。 アメリカ潜水艦が持って来た武器は、その全てがミスリアル、バルランド王国製の良質な武器であった。 マオンド側から供与された酷い武器と比べて、かなりの良い出来である。 レンベルリカの同志は、その武器を複製し、決起前までには人数分の武器をなんとか揃えることができた。 複製された武器は、アメリカ潜水艦が運んで来た武器よりは強度が落ちるが、オリジナルとは、さほど威力は変わらなかった。 レンベルリカ軍決起部隊の士気も、徐々に高まってきた。 1484年3月始め。トルファー中将は、密かに幹部達を集め、アメリカ軍がレーフェイル本土に侵攻する6月に、これに呼応する 形で決行すると話し、満場一致で決めた。 幹部達はこの決定に応じ、その後は何食わぬ顔で、普段通りの仕事をこなしていった。 しかし、その取り決めをぶち壊しにする出来事が、タラウキント地方中部にある都市ヘテ・カヴァンで起きた。 3月20日、午後7時。日が落ち、ようやく夜が本格的に始まろうとしていた時、町の街道で、ある小さな悲劇が起きていた。 街道を歩いていた母と子1人の親子連れが、いきなり背後から暴走してきた馬車に轢き殺されたのである。 母子は共に即死であった。馬車は、母子を轢いてから、30メートル進んだところで止まった。 客車のドアが荒々しく開けられる。本来ならば、中に乗っている馬車の主や御者が、倒れている慌てて駆け寄っていくはずである。 何しろ、悪いのは暴走して来た馬車だからだ。 街道を歩いていた人のうち、何人かは倒れ付した母子に駆け寄り、必死に救命活動を行っている。 その光景を見ていた1人の男は、心底残念そうにこう呟いた。 「・・・・なんてこった。あの馬車は、マオンドの役人が使っている奴じゃないか。」 馬車は、マオンドの役人が使用していた物であり、中の役人の地位は高いのか、馬車の外装は豪華に仕立て上げられている。 その客車のドアが荒々しく開け放たれ、中から1人の男が降り、倒れた母子のもとに歩み寄った。 2人の被害者を救おうとしていた、数人の通行人達は、次の瞬間、信じられない言葉を聞いた。 「フン、下賎な貧民めが。ちんたらと道を歩くからこうなるのだ。」 男は忌々しそうにそう吐き捨てると、あろうことか、母子の遺体に唾を吐きかけた。 これが事件のきっかけとなった。 レンベルリカの住民達が、普段、マオンド人に虐げられているのは前述した通りだが、今回のように、馬車で轢き殺しても、マオンド人には罪が無い。 この時、マオンド側が、アメリカ並みとまでは行かないが、せめて、シホールアンル並みの占領政策を取っていれば、今回の事件は起きなかったであろう。 シホールアンルの占領政策も、あまり褒められた物ではなかったが、少なくとも、味方が起こした不祥事はちゃんと対応していた。 だが、マオンドはそんな事は一切やらなかった。 無責任な悪徳役人が、理不尽な言葉を叩き付け、馬車に乗り込んだとき、レンベルリカ人達の怒りは爆発した。 この役人の馬車は、10メートルほど進んだ所で、激高した住民達に取り囲まれ、やがては馬車の中の役人は外に引きずり出され、袋叩きにされた。 事態は、そこから急速に拡大した。 事件発生から2時間で、町の中心部にあるマオンド側の官憲施設が焼き討ちにされ、行政施設が占拠された。 暴動は農村部にも及び、鎮圧に赴いたマオンド側の武装警備隊は、圧倒的多数の暴徒によって蹴散らされた。 時計の針が21日午前0時を回った頃には、実に10000以上の民が、マオンド側を罵倒しながら、マオンド共和国に関係する施設や商店等を片っ端から襲撃した。 これに呼応したのか、レンベルリカのみならず、エンテック、ルークアンド、ヘルベスタンでも暴動が起こり、鎮圧隊に対して激しく応戦しているという。 そんな中、21日午前4時ごろ、マオンド軍司令部からレンベルリカ軍に動員令が下った。 「命令、レンベルリカ南西軍は、暴動の拡大を防ぐためにヘテ・カヴァン以外の都市に部隊を派遣し、住民に自制するように伝えよ。反乱の鎮圧には、 我がマオンド軍が当たる故、後顧の憂いを感じる事無く、任務を遂行されたし」 これに対して、トルファー中将は、 「了解。されども、部隊出動にはしばし時間が必要であり。目下、出来る限り早急に、我が軍は部隊配置を進めていく方針である」 と、マオンド軍司令部に伝えた。 命令が下ってから6時間後に、レンベルリカ軍は出動を開始した。 この時点で、トルファー中将の腹は決まっていた。 「司令官閣下、今は自制すべきです。」 そんな彼の決断に反対する者がいた。それが、スハルクである。 「確かに、今決起すれば、我々は一時的にマオンド軍を駆逐する事が出来るでしょう。ですが、マオンド側が本気を出した場合は、我々の軍事力で は太刀打ちできません。ここは、6月まで待つべきです。6月になれば、西から援軍が来ます!」 スハルクは必死になって、トルファーを説得しようとしたが、それも無駄に終わってしまった。 「スハルク君。私たちは、もう限界だ。ここからは、自分達で道を切り開いていく。」 こうして、トルファー達は、予め用意していた協力者達から武器を調達すると、先行するマオンド軍の背後を衝いた。 突然の事態に、マオンド軍4万の部隊は大混乱に陥り、各所でレンベルリカ軍に撃破されていった。 レンベルリカ軍は、南西軍のみならず、中央軍、北方軍からも集まり、最終的には20万近いレンベルリカ軍が集結し、マオンド軍と対抗することになった。 だが、23日の時点で、計画が狂い始めた。 事前の計画では、マオンド軍が大軍を送り込んでくるまで、最低でも1週間ほどはかかるであろうと思われていた。 その1週間の間に、レンベルリカ軍は南部の山岳地帯に立て篭もって時間を稼ぐ。 だが、マオンド側は、23日になると、40万もの大軍をエンテック領から北上させ、一部の部隊は既に南部の山岳地帯を抑えていた。 それに対し、レンベルリカ軍は、本隊と別働隊焼く15万が、タラウキント市やその近郊に進出したばかりで、これ以上の進撃は、休息を取らない限り出来なかった。 そして、今に至るのである。 「司令官閣下、とにもかくも、状況はあまり良い物ではありません。あなた方が、感情に任せて行動したばかりに、このような事態を引き起こしたのです。」 「貴様らヘルベンスタン人も、目の前で同胞が無為に殺されていくのを見て、黙っていられるのか?そうだとしたら、君は血の涙も無い畜生だ。」 「私は、もっとも現実的な意見を申し上げているだけです。」 幹部達は、スハルクに次々と食って掛かる。それに対して、スハルクはきちんと対応するのだが、その分、時間は流れていった。 「とにもかくも、我々はもう後には戻れまい。」 トルファー中将は、額に浮かんだ汗を、袖で拭きながら言う。 「こうなったら、我々は、このレーフェイルに燃え上がった火事を、より一層広めていくだけだ。マオンド軍は確かに強力だが、我々も以前の我々ではない。 誇り高きレンベルリカを踏みにじった事を、奴らの骨身に染みるまで後悔させてやる。」 トルファー中将のその一言で、レンベルリカ軍は防備を整え、マオンド軍を迎え撃つことになったが、スハルクは、最後までトルファーに決起のきっかけを 作った事を後悔していた。 1484年(1944年)3月24日 午後1時 バージニア州ノーフォーク 車の窓から、広大なノーフォーク軍港が見え始めてきた。 ゲートの向こうにある軍港には、既に多数の輸送船が停泊しており、小さいながらも、慌ただしく乗船する将兵が見て取れる。 ガーランドライフルを肩に下げた衛兵が、運転兵に通ってよいと言った後、衛兵は車に向かって敬礼を送った。 進むにつれて、軍港の全容が分かって来る。ノーフォーク軍港の3分の2の区画には、多数の輸送船等が停泊し、兵員や物資を積み込んでいる。 その一方で、戦闘艦艇の一団が、同じく出港準備に追われている。 エセックス級、イラストリアス級といった正規空母や軽空母、逞しい感じを醸し出す重武装の戦艦や巡洋艦、軽快そうながらも、いざと言う時には 頼りになる駆逐艦が、並んで停泊している姿は、誰が見ても胸を躍らせるものがある。 「素晴らしい物だな。」 戦闘艦艇群を見つめていた第15軍司令官、ヴァルター・モーデル中将は、左目につけていたモノクルをハンカチで拭きながら、その姿に魅了されていた。 「あれだけの戦闘艦艇に護衛されれば、第15軍も心置きなく、任務を遂行できそうだ。」 「しかし、不安もありますぞ。」 隣に座っていたサイモン・バックナー少将が言う。 「本来ならば、2個軍が作戦に参加する予定でしたが、予定を繰り上げて出撃を早めるというのは、レーフェイル大陸でよほどの事が起きたと言う事です。」 「よほどの事か・・・・・つまり、レーフェイル大陸では、内乱という名の大火事が起きているのかも知れんな。」 モーデル中将は、半ば勘でそう言った。 やがて、車は大西洋艦隊司令部の玄関前で止まった。 車を降りたモーデル中将とバックナー少将は、司令部の士官に案内されながら、会議室に向かった。 ヴァルター・モーデル中将は、元々はドイツ陸軍の士官である。 1909年に士官学校に入営したモーデルは、第1次大戦の凄惨な戦場を生き延びたあと、順調に軍歴を過ごしていった。 1939年9月のポーランド戦役では、第16軍参謀長に任命された。 モーデルは、ここから頭角を現し始め、39年11月から始まった西方戦役(フランス、イギリス連合軍との戦争)では、第3装甲師団の 師団長に任命され、幾度も英仏軍の進撃を阻止し、前線の崩壊を防いだ。 このため、前線では「火消しのモーデル」と呼ばれ、ロンメル将軍やグデーリアン将軍と並んで有名な装甲部隊指揮官として名を馳せている。 そんな彼も、41年2月に、フランス空軍の空襲によって負傷し、前線から離れることになった。 41年6月、爆撃で重傷を負ったモーデルは、4ヶ月に渡る入院生活で完治し、彼はすぐにでも前線に戻りたかった。 そんなモーデルに、上層部はアメリカ駐在ドイツ大使館駐在武官の任務を押し付け、それと同時に、これまでの戦功が認められて、中将に昇進した。 中将昇進は、モーデルも一応喜んだが、大使館の武官勤務を任じられてからは、その喜びも半減した。 しかし、モーデルは、逆にアメリカで得られる限りの情報を取得するには、一度アメリカに行くしかないと考え、あえて不満を振り払って、アメリカに渡った。 だが、アメリカに渡ってから僅か4ヵ月後に、彼はアメリカ大陸共々、未知の世界に飛ばされてしまった。 この突然の異常事態に、大使館の外交官や武官達は狼狽した。 だが、モーデルは動揺する武官達を纏め、ドイツに戻れぬ以上はこのアメリカで生活するしかないと決心した。 その後、モーデルはアメリカ陸軍に志願し、1942年3月には、正式に陸軍中将に任命され、陸軍大学では講師として招かれ、自らの体験を下に 戦車機動戦のイロハを生徒達に教えた。 その彼が、第15軍司令官に任命されたのは、1943年11月である。 士官が、会議室のドアを開けてくれた。 「ありがとう。」 モーデルは、士官に礼を言いながら室内に入った。 会議室内には、大西洋艦隊司令長官のジョン・ニュートン大将(1月に、心労で退役したインガソル大将から交代)と司令部のスタッフ、それに、 陸軍第8航空軍司令官のクレア・シェンノート少将が席に座っていた。 モーデル中将は、シェンノート少将の隣に座った。 「これはモーデル閣下、お久しぶりですな。」 「こちらこそ。調子はどうかな?。」 「まあ、ぼちぼち、と言ったところでしょうか。」 「ぼちぼちか。」 モーデルは苦笑しながら反芻した。 「私も似たような物だな。会議の参加者はこれで全員かな?」 「まだ、第7艦隊の司令官が来てないようです。あ、今来ましたよ。」 開かれたドアから、第7艦隊司令官であるオーブリー・フィッチ大将が現れた。 フィッチ大将は、ニュートン大将と視線を合わせると、親しげな笑みを浮かべた。 フィッチとニュートンは、元々は太平洋艦隊で機動部隊を率いていた。 太平洋艦隊時代から、2人の提督は気心の知れた戦友として互いを認め合っている。 フィッチ提督が席に座ると、ニュートン大将が口を開いた。 「では、これより緊急の会議を始める。」 ニュートンは、いささか表情を硬くしながら説明を始める。 モーデルは、その表情を見る限り、レーフェイル方面で何かまずい事が起きているなと確信した。 「3日前、大西洋艦隊情報部は、レーフェイル方面の魔法通信が活発化しているとの報告を送って来た。その原因は、2日前に明らかとなった。 情報部の分析によると、レーフェイル大陸の各所で反乱が起きているという結果が出た。」 ニュートンの口から出た、思いがけぬ情報に、シェンノート少将とフィッチ大将は一瞬顔の表情が強張った。 すかさず、モーデルが手を上げた。 「質問してもよろしいですか?」 「どうぞ。」 「その反乱騒ぎですが、規模は小規模ですか?それとも、かなりの規模ですか?」 ニュートンに代わって、大西洋艦隊参謀長のレイ・ノイス中将が答えた。 「それにつきましては、正確な所はわかっていません。ただ、マオンド軍の魔法通信が活発な事や、レーフェイル大陸・・・特に、レンベルリカ地方での、 別の武装勢力のものと思われる魔法通信もまた活発化している事から、反乱の規模はかなりの物であると、情報部は確信しています。」 「反乱か・・・・・やはりな。」 モーデルは、自分の勘が当った事に対して、特に何の感情も沸かなかった。 「我々情報部は、OSSのレーフェイル方面対策課から最新情報を入手しました。」 情報参謀が説明を始める。 「情報によりますと、レンベルリカ地方で大規模な反乱が起こったようです。現在、反乱軍はレンベルリカ南西の都市、タラウキントに入城し、 その周辺地域に防御戦を構築中であり、北上するであろうマオンド軍に備えようとしているとの事です。また、別のスパイ情報では、ヘルベスタン地方で 農民が暴動を起こし、一部のマオンド軍部隊が暴動に加わって、現地のマオンド側施設を次々と襲撃しているようです。更に、未確認ではありますが、 エンテック地方ではマオンド軍とそれに抗する暴徒が衝突して、少なくとも1000人近い死傷者出ていると言う情報もあります。情報部の分析としては、 一連の騒ぎではマオンド軍が反乱側に対して優勢に戦いを進めている物と判断しています。」 「と、なると。遅かれ早かれ、マオンド軍は反乱軍を鎮圧する、と言うことになるな。」 話を聞いたニュートンは、肩を竦めながらそう言った。 「しかしニュートン長官。これは好機でもあります。」 シェンノート少将が、いささか興奮したような口ぶりでニュートンに言う。 「このまま行けば、マオンド側の優勢間違いなし。となれば、その間、マオンド側の視線はレーフェイル大陸に向けられる事になります。 我々は、その隙を衝いてスィンク諸島に軍を進められます。」 「私も、同じ事を考えていた。だから、あなた方をここに集めたのだ。」 ニュートンは、椅子から立ち上がると、壁に掛けられている地図に指を触れた。 「本来ならば、この作戦は2個軍を持って、スィンク諸島とリック諸島を占領する予定でしただった。しかし、今回は時間の都合上、モーデル将軍の 第15軍しか準備出来ていない。だが、このまま時間を過ぎるのを待てば、マオンド側が反乱側を鎮圧するだけだ。そこで、我々は一気呵成に大西洋を渡り、 ユークニア島を主軸とするスィンク諸島を占領する。」 ニュートンは、ノーフォークから一気にスィンク諸島まで指を進めた。 「というのが、海軍省から提案された今回の作戦内容だ。幸い、スィンク諸島周辺に関しては、事前に情報を入手している。だから、今回の作戦では さほど心配せずに任務を遂行できるだろう。」 ニュートンの説明を聞いたモーデルは、脳裏にこんな事を思い描いていた。 マオンドの占領政策は、それはもう酷い者であると、モーデルは聞いている。今回の反乱騒ぎは、いわばマオンドが自ら引き起こしたような物だ。 マオンドは、その反乱を鎮圧できる力を持っている。 反乱側の指導者達からして見れば、マオンド側が積極的攻勢に出た今としては、尻に火が付いたような状況だと思っているだろう。 今回のスィンク諸島攻略作戦は、表向きは火事場泥棒のような物だが、それは同時に、西からもマオンド軍に対抗できる戦力が迫っている事を、 マオンド軍に知らしめるためでもある。 モーデルの思いを裏付けるように、ニュートンは、高速機動部隊にレーフェイル大陸の空襲をさせると言っている。 要するに、今回は反乱側の尻に付いた火を、少しでも和らげようとして計画された物だ。 恐らく、海軍省やOSSの報告を耳にしたルーズベルト大統領が、作戦開始を早めるように指示したのであろう。 その反乱側の尻に付いた火・・・マオンド軍と戦う最初の陸軍部隊が、モーデルの指揮する第15軍である。 (アメリカ軍に入っても、“火消し”の役割を任されるとはね) モーデルはそう思いながら、皮肉めいた笑みを浮かべていた。 「では、艦隊の出港日はいつ頃になる予定で?」 フィッチ提督がニュートンに質問する。 ニュートンは即答した。 「明日だ。そのため、TF72の補給品積み込みは今日中に終わるように手配をしてある。ミスターフィッチ、君には大いに暴れて貰うぞ。」 1484年(1944年)3月25日 午前8時 バージニア州ノーフォーク軍港 軍港内に、勇壮なメロディーが流れる。 「出港用意!」 という号令のもと、ノーフォーク軍港内に停泊していた艨艟達は、一斉に錨を上げ、機関の圧力を高めていく。 軍楽隊が、「錨を上げて」を演奏し、TF72の戦闘艦群は、それに触発されたかのように動き始める。 最初に動き始めたのは、TG72.1に所属する駆逐艦セイバーである。 それからラフォーレイ、モホークと続いていく。 次に、重巡洋艦のカンバーランドとドーセットシャーが、特徴のある3本煙突から煙を噴き上げつつ、駆逐艦群の後を追う。 その後ろから、第72任務部隊の旗艦である戦艦プリンス・オブ・ウェールズが、この艦特有の4連装の砲身を僅かに上向かせ、マストに上がっている ユニオンジャックを力強くはためかせつつ、威風堂々と出港していく。 その横では、巡洋戦艦のレナウンが、アラスカ級と同じ長砲身砲を誇らしげに掲げながら出港する。 「ベニントン、出港します!」 第71任務部隊第1任務群司令官であるジョン・マッケーン少将は、旗艦イラストリアスの艦橋から、出港していく僚艦に視線を送っていた。 エセックス級航空母艦11番艦として去年の10月に竣工したベニントンは、慣熟訓練を終えてまだ1ヶ月しか経たない新米空母である。 そのすらりと伸びた艦体は、TG72.1の中では最も大きな艦であり、既に就役して行った同型艦は、今や反攻の象徴の1つとして、各国に知られている。 目の前のエセックス級は、既に活躍している姉達の名に恥じぬような戦いすると言わんばかりに、その長大な船体を、他の僚艦に負けぬぐらい堂々とさせながら 外海に向かって航行して行く。 やがて、イラストリアスも出港する時がやって来た。 「前進微速!」 スレッド艦長の凛とした声音が、艦橋に響く。 機関部にある6基のアドミラルティ三胴式重油専焼ボイラーが唸り、23000トンのイラストリアスを、ゆっくりと動かしていく。 イラストリアスが港の出口に達する時には、後方に軽空母のハーミズとノーフォークが続航している。 マッケーン少将は、おもむろに空を見つめた。 空は良く晴れており、誰が見ても気持ちの良い出港日和となっている。 (お天道様は、俺達の出港を祝福してくれているか・・・・) 彼は、内心そう思ったが、実の所、彼の心中は、今見えている空のように爽やかではない。 何しろ、急な出撃の上に、肝心の上陸部隊は、予定の半分程度の戦力だ。 それに加え、実質的にマオンド側の庭とも言われるスィンク諸島の制海権確保を、8隻の高速空母で行わなければならない。 今回行われる、大西洋の嵐作戦では、まずスィンク諸島の制空権、制海権を奪う事が重要になる。スィンク諸島には、200騎の敵ワイバーン駐留している。 それに対し、TF72は正規空母4隻、軽空母4隻に536機の艦載機を保有している。 フィンク諸島の敵ワイバーンなら、1個任務群だけでも叩き潰せる。だが・・・・ (敵の竜母部隊が現れれば、戦況は予断を許さないだろうな) 彼の不安の元は、敵の竜母部隊であった。 大西洋艦隊の潜水艦部隊は、昨年の8月からマオンド海軍の物と思しき空母の存在を確認している。 大西洋艦隊情報部は、マオンド海軍がシホールアンル側から供与された竜母か、独自で建造した竜母であると判断した。 更に、その敵竜母の存在は他の潜水艦にも確認され、ある潜水艦などは、大型と小型の2種類の竜母が、同航行しながらワイバーンの発着訓練を行っている所を 発見し、写真を撮影している。後に、この潜水艦はマオンド側の駆逐艦に執拗な爆雷攻撃を浴びせられたが、なんとか生き延びた。 この一連の情報から、マオンド海軍が本格的に機動部隊の編成を急いでいる事が判明した。 もし、マオンド側がTF72の出撃を知り、スィンク諸島に問題の竜母部隊を配備されていれば、TF72は必然的に、基地航空隊と敵機動部隊を同時に 相手取らねばならなくなる。 負けはしないだろうが、こちら側も相応の被害を覚悟せねばならない。 「司令、どうかされましたか?」 スレッド大佐が、険しい表情で思考するマッケーンに声を掛けた。 思考に意識を投じていたマッケーンは、彼の声で我に返った。 「おお、艦長か。ちょいとばかり考え事をしていたのさ。」 「もしかして、敵機動部隊の事ですか。」 「図星だ。」 自分の考えていた事を当てられ、マッケーンは思わず苦笑した。 「もし、敵さんの竜母部隊が現れれば、俺達はそっちにも目を配らないといけない。もし、敵機動部隊が、第15軍を乗せた輸送船団に襲い掛かれば、 スィンク諸島攻略作戦は行わずして失敗の憂き目に会う。そうならん為にも、まずは敵機動部隊を叩き潰すべきか、と考えていたんだ。」 「それが一番ですな。基地航空隊は沈みませんが、その場からは動けない。しかし、機動部隊は自由に動け、好きな目標を攻撃出来ますからな。 スィンク諸島にマイリー共の機動部隊が現れれば、迷わずそいつを叩くべきです。」 「ふむ、そうだな。それに、TF72には、イラストリアスとワスプという実戦を経験した空母も居るからな。対機動部隊戦ともなれば、この艦とワスプは、 さぞかし暴れてくれるだろう。そのためにも、君には期待しているよ。」 マッケーンは、スレッドに対して親しみのこもった口調で言った。 それに、スレッドもまた威勢の良い口調で答えた。 「任せて下さい。ウチの航空隊には場数を踏んだパイロットが居ますからね。敵さんに、イラストリアス航空隊の実力を見せ付けてやりますよ。」
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10: 303 ◆CFYEo93rhU :2017/02/05(日) 13 42 53 ID 54bd7AQo0 投下終了です。 今年もスローペースになると思いますが、よろしくお願いします。 14: 303 ◆CFYEo93rhU :2017/02/08(水) 06 08 42 ID 54bd7AQo0 今日は非常に短いですが、幕間的な感じで本編の続きを投下します。 あと筆者なら本文で書いとけという話なのですが、少し補足を。 F世界の列強で軍事面で最強なのはリンド王国。これは、初期設定のかなり早い段階から決まっていました。 ただ、何故強いかはかなり曖昧だったので、独自の傭兵ギルド文化があった、みたいな完全な後付設定をでっち上げました。 他国にも傭兵ギルドはあるけれど、リンド王国ほどの質や規模はないという設定(後付)です。 中央集権と国民軍の充実によって、その最大手のリンド傭兵ギルドすら落ち目の時代だと。 対皇国戦の時は何してたの? というと後方支援業務と、兵の補充(動員協力)です。 完全に後付設定になりますが、数十万の王国軍の為に短期間のうちに多数の物資倉庫を用意して、 飛竜陣地を用意して、ユラ神国に勝つ気で居られたのは彼らのお陰という事にしておいて下さい。 そして敗戦によって契約金の不払い(未払い)も発生していて、とても不味い状況にあります。 平時は限定的な徴税特権で維持できても、戦時にはそれではとても足りない! 商人ギルドから、皇国は金払いが良いと聞いたぞ! 皇国軍に取り入ってパイプを作ろう! ←今ここ リンド王国という国名からして「ベルリン+ロンドン⇒ベルリンドン」からですし、王都ベルグは「ベルリンドン-リンド=ベルン」を捩ったものです。 ベルンってスイスの首都だから、傭兵国家として発展した経緯があるとしてもいいよねと、数年の時を経て気付きました。 「傭兵ギルド」というファンタジー世界でおなじみのギルドは何かの機会に書きたいと思っていましたが、漸くでした。 「冒険者ギルド」や「盗賊ギルド」というのもありますが、私の中では、傭兵ギルドが冒険者ギルド的な性格も持っていると考えています。 拙作中で、冒険者というのは公的な裏付けのある地位や職業ではありません。あくまでそう自称しているだけです。 薬草採取クエストとか、そんなの自分でやれという話ですが、必要な薬草があるのが野獣や紛争等で危険な地域だったりすれば、傭兵ギルドに声がかかる事もあるでしょう。 本来ギルドは各都市ごとのもので、首都などに本部があって各地に支部があるような全国、全世界で統一的な 制度のギルドはファンタジー世界にしか無いと思うのですが、そこはファンタジーのお約束優先という事で。 盗賊ギルドというのは盗賊の勅許状を持っている組織、という事は私掠船団とか「敵対国に対する盗賊許可証」を持ってる人達なら合点が行くのですが。 ギルドを自称しているだけで公的な認可を受けた組織ではない犯罪結社という身も蓋も無い解釈もありでしょうが、 当局に公認されている反社会組織という意味ならば「指定暴力団」そのものではないかという節もありますね。
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第122話 ホウロナの楔 1484年(1944年)3月8日 午後3時20分 ホウロナ諸島ファスコド島 シホールアンル陸軍第515歩兵旅団の指揮官であるラフルス・トイカル准将は、たった今、文書に自分の署名を終えた。 「ありがとうございます。」 目の前の変わった軍服を着た男。アメリカ軍第2海兵師団師団長であるジュリアン・スミス少将が礼を言った。 「これで、降伏文書の調印は終わりとなります。あなた方の将兵は、適正な処置の下に後方に送らせて頂きます。」 トイカルはその言葉を聴いても、返事を返そうとはせず、ただ頭を下げた。 アメリカ軍が上陸して4日目となる今日、ファスコド島守備隊は、島の北端部にある野戦病院前の陣地で、最後まで戦っていた。 僅か4日間の地上戦闘であったが、ファスコド島守備隊は勇敢に戦い抜いた。 兵力、火力、航空戦力。 どれもアメリカ軍が圧倒的に勝っていたが、トイカル旅団は力の限り戦い続けた。 トイカル旅団は、事前に構築していた、4重、5重にも及ぶ縦進陣地で持ってアメリカ軍部隊に抵抗を続けた。 特に、2日目の昼頃に起きた324高地の攻防戦では、実に4度も高地の主が変わったほど熾烈な戦いを繰り広げた。 武器も装備もアメリカ側に比べればかなり劣っていたものの、魔法騎士団の残余も加わったトイカル旅団は、勇猛果敢に立ち向かった。 残り少なくなった野砲を有効活用して、前進するアメリカ軍部隊の阻止攻撃や、攻勢にうつる友軍部隊の支援を最後まで行い続けた。 野砲部隊は、3日目の正午までには全ての砲を破壊されたが、最後まで撃ち続けたその砲弾は、第2海兵師団の将兵から“孤高の狙撃手”と 言わしめたほど、米軍を大いに悩ませた。 だが、相次ぐ激戦によって魔道銃の魔法石も切れ、将兵も皆が疲労困憊していた。 食料は大量にあったが、いくら食料があれど、肝心の武器が全く使い物にならなければ、無駄に兵を死なせてしまう。 ならば後退し、休息を取れば良い・・・・と誰もが思うであろう。 しかし、トイカル旅団は、だだっ広い大陸で戦っている訳ではない。 ファスコド島というちっぽけな島で戦っているのである。逃げ場などあろうはずも無く、当然、敵は守備隊に休息を取らせようとはしなかった。 トイカル准将は、守備隊の窮状を見て、もはや限界を超えたと判断していた。 アメリカ軍に勇敢に立ち向かった兵士達だが、損害が大きすぎた。 シホールアンル兵は、アメリカ軍部隊の容赦ない攻撃を受けていた。 少しでも敵を釘付けにすれば、後方から戦車がやって来る。 その戦車が、敵の足止めに貢献している魔道銃陣地を見つけては砲弾を叩き込んで沈黙させる。 野砲が敵の戦車を撃破して、敵を完全に食い止めることが出来ても、どこぞからアメリカ軍機がやって来て、陣地に爆弾を叩き付けて行く。 ひどい時には、空襲の後に沖合いの軍艦から猛烈な射撃が加えられる。 このような状況では、腰抜けの新兵であろうが、敵を軽く殺せるベテラン兵であろうが、陣地もろとも吹き飛ばされてしまう。 白兵戦に移っても、アメリカ兵は小銃や拳銃を使ってシホールアンル兵を次々と打ち倒す。 こちらが出てこなければ、銃眼や洞窟の穴に爆弾を放り投げ、火炎放射器で焼き払う。 アメリカ側の攻撃は、異常なまでに徹底していた。 敵と戦う前には、8912名はいた守備隊は、降伏直前には3018名にまで激減していた。 トイカル旅団は、僅か4日足らずで、4000名の戦死者、並びに捕虜を出し、1000名以上の負傷者を出していた。 ファスコド島守備隊は、事実上壊滅的な被害を受けたのだ。 トイカル准将は決断を迫られていた。 降伏か?それとも最後まで戦うか? 一昔前ならば、間違いなく最後まで戦う方を選んだであろう。 何しろ、偉大なるシホールアンル帝国軍の一員だ。 敵に無様な格好を見せるよりは、華々しく散ってシホールアンル軍将兵の素晴らしさを敵に見せ付けたほうが得策だからだ。 だが、そんな事は、アメリカ軍に全く通じないという事を、トイカル准将は嫌と言うほど思い知らされた。 (俺達は、もう義務を果たした。敵は血に飢えた野獣のように我ら味方将兵の命を貪り食った。だが、私は分かっている。アメリカ軍が特殊な軍隊であることを。) 彼は、もう既に決めていた。 彼としては、装備劣悪な友軍部隊が、陣地の作り方や、魔道銃等の近代兵器を揃える事で、曲がりなりにもアメリカ軍に 対抗出来たことが嬉しかった。 圧倒的不利な状況にもかかわらず、ファスコド島守備隊は良く戦った。 (私は、彼らを無駄死にさせたくない。精一杯戦った部下達に対して、俺が出来る事はせめて、命を救ってやる事ぐらいだ。) トイカル准将は、心中で決断すると、すぐに司令部や生き残りの指揮官達を集め、降伏する事を打ち明けた。 反対する者は、不思議と居なかった。 彼は、すぐさまアメリカ軍側に軍使を送り、降伏の申し出を行いたいと伝えた。 それから1時間余りが経った。 アメリカ軍は、トイカル准将の申し出に応じ、午後3時10分から降伏交渉が始まった。 トイカル准将は、文書にサインを終えた時、これで自分の役割は終わったと思った。 降伏交渉に使われた天幕を出ると、トイカル准将は第515旅団の司令部に戻った。 彼は、全部隊に武装解除を伝えると、ただ1人、自室にこもった。 トイカルは、椅子に座りながら酒を飲んでいた。 今までの思い出が、頭をよぎっていく。 初めて士官学校を見た時の高揚感。初の実戦で、無我夢中に戦っていた若き日の自分。 戦死者の遺族の家に1件ずつ回り、愛した部下の最後の務めを報告した時の、言いようの無い悲しみ。 様々な思いが、脳裏に浮かんだ。 「最後まで、私は優秀な部下と共に戦えた。義務を果たした以上、思い残す事は無い。」 司令部付の魔道士には、今回の戦闘報告を本国に送らせてある。 この情報が、願わくば、偉大なる帝国軍に勝利をもたらしてくれれば・・・・・ トイカルはそう心中で呟くと、杯に入っていた酒を一気にあおった。 「さて、私なりのけじめをつけるとするか。」 彼は、どこか晴れやかな表情を浮かべながらそう言った。彼は、テーブルに置かれていた短剣を手に取った。 1484年(1944年)3月18日 午前8時 エゲ島西50マイル地点 第5艦隊司令長官である、レイモンド・スプルーアンス大将は、作戦室内のテーブルに置かれた地図に、星条旗のついたピンが刺さるのを無表情で見つめていた。 「エゲ島が陥落したか。」 「はい。午前7時30分に、第5水陸両用軍団司令部から報告が入りました。海兵隊が被った損害は、戦死402、負傷2001です。」 情報参謀のアームストロング少佐がスプルーアンスに言った。 「ふむ・・・・・」 スプルーアンスは、側に置いていたカップを手に取り、一口だけ啜った。 「しかし、ホウロナ諸島攻略作戦で、海兵隊は無視できん損害を被ったな。」 「はい。事前に、入念な砲爆撃を行ったのですが、シホールアンル側はこれまでの戦訓を元に入念に防備体制を整えていたようです。」 ファスコド島制圧から始まったホウロナ諸島攻略作戦は、エゲ島のシホールアンル軍部隊が降伏した事で幕を閉じた。 アメリカ軍は、第1海兵師団が戦死390、負傷1420、第2海兵師団が戦死592、負傷2201、 第3海兵師団が戦死482、負傷1700、第4海兵師団が戦死402、負傷2001である。 総計すると、9000名以上の戦死傷が出た事になる。 原因は、シホールアンル側の防御態勢にあった。 ファスコドのシホールアンル軍は、これまでの経験を元に、効果的な防御陣地を構築していた。 だが、このような防御陣地は、515旅団のみならず、ホウロナ諸島に駐留する全部隊が行っていた。 その唯一の例外は、第75魔法騎士師団であったが、それ以外の部隊はずっと陣地に引き篭もり、海兵隊が上陸するまで行われた 事前砲撃に対しても、辛うじて戦力を温存する事が出来た。 これによって、シホールアンル軍は、思い通りとまでは行かなかったが海兵隊を苦しめる事が出来た。 だが、制空権、制海権を完全に握られていては、勝利など出来るはずも無く、圧倒的な火力の前に、ホウロナの島々は次々に陥落していった。 エゲ島が降伏した時、シホールアンル側は戦死者32000、負傷29000の損害を出していた。 無論、残りの負傷者や生存者はアメリカ側の捕虜となるから、シホールアンル側は、第54軍並びに、第22空中騎士軍、その他諸々も含めて、 10万以上の将兵、軍属を丸ごと失う事になった。 シホールアンル側は、それを覚悟の上でファスコド島を見捨てたが、それでも将兵10万の喪失は痛すぎる物であった。 「我々の損害もいささか大きいが、それでも、シホールアンル軍に与えた損害は大きいだろう。彼らは、貴重な戦力を失ったばかりか、 ホウロナ諸島までも失ったのだ。この事は、後の戦局に大きく左右するだろう。」 スプルーアンスは、視線を地図上の1つの島・・・・ファスコド島に移した。 「既に、ファスコド島には飛行場が建設され、第1海兵航空団の航空隊が駐屯を開始している。ファスコド島のみならず、ホウロナ諸島の 全ての島に工兵部隊が上陸する。大部隊の収容が可能な施設が完成すれば、ようやく次のステップに進める。」 「それは、来るべき大上陸作戦の事ですな?」 参謀長のカール・ムーア少将が聞いた。 「そうだ。」 スプルーアンスは、怜悧な口調で返事する。 「その次のステップに進むために、我々第5艦隊はホウロナ諸島を守らねばならない。シホールアンル側が、奪回を企図せぬとも 限らないからな。ひとまず、ホウロナ諸島を制圧した事で、まず一段落したが、この後も気は抜けない。」 「しかし長官、問題もあります。」 作戦参謀のフォレステル大佐が進言する。 「第57、58任務部隊は、攻略作戦開始以来ずっと働き詰めで、艦隊の将兵の疲労はかなりのものです。第5艦隊・・・・ いや、連合軍艦隊の精鋭ともいえる高速機動部隊といえど、疲労には勝てません。」 「その事に関しては、今私も言おうとしていた。」 スプルーアンスは苦笑しながらフォレステルに返事した。 「先に言われるとはな。まぁ、それはいいとして。TF57、58の両艦隊は後方に下げて休養させる。だが、万が一の場合が 起きた時、機動部隊が居なくては困るから、TF57か、TF58のどちらかだけを先に休養させ、後の部隊は、ご苦労だが もう2週間ほど頑張って貰う。ファスコド島には、第1海兵航空団の航空隊200機が配備されているが、もし敵機動部隊が 来襲した時は、この200機ではとても太刀打ちできない。その場合は、必ず機動部隊の助けが居る。だから、TF57か58の どちからは、ホウロナ諸島に近くに張り付いてもらいたいのだ。」 「なるほど、一時的にローテーションを組むのですね。」 幕僚たちが納得した表情を浮かべた。 「長官。では、どの部隊から後方に下げるのです?」 フォレステル大佐がすかさず聞いた。 「TF58を最初に下げよう。」 スプルーアンスは即答する。 「TF58は空母が2隻も欠けている上に、艦載機の出撃回数がTF57より多いからな。ミッチャーに休養を取るように命じよう。 それから、TF58には、後送する捕虜を乗せた輸送船団を護衛してもらおう。」 「分かりました。」 スプルーアンスはその後、一通りの連絡事項を聞き、それに指示を下してから会議を終えた。 「長官。」 会議の終了間際、ムーア参謀長はスプルーアンスに聞いた。 「そういえば、大西洋方面でも、近々大作戦が実行に移されるらしいですね。」 「うむ。そのようだな。」 スプルーアンスは頷いた。 「大作戦と言っても、今度の作戦は島の攻略・・・・いわば、ホウロナ諸島攻略と同じような作戦だ。だが、同時に大事な作戦でもあるな。」 スプルーアンスは知っていた。 大西洋艦隊も同じく、レーフェイル大陸侵攻の準備を進め、手始めに足場となる場所を占領すると言う事を。 「太平洋と大西洋。この二つの戦場で、我々は大きな楔を打つ。もし、大西洋でも作戦が成功すれば、この戦争の行方は完全に決まるだろう。 ミスター・ムーア、合衆国海軍は、これまで以上にないほど忙しくなるぞ。」 「ええ、承知しております。」 ムーア少将もまた、どこか緊張したような表情で返事する。 彼は、途端に悪戯小僧が浮かべるような笑みを見せた。 「最も、長官がもっと働いてくれたら、我々としては大助かりなのですがねぇ。」 その言葉に、スプルーアンスはただ苦笑するだけであった。 1484年(1944年)3月19日 午前8時 バージニア州ノーフォーク その日、ジョン・マッケーン少将は、司令部スタッフと共に内火艇に乗って、今日から新しい仕事場となる軍艦に向かっていた。 ノーフォーク軍港の一角に浮かぶそれは、数ある合衆国海軍の空母の中では、いささか異色の存在であった。 「見るからにごつごつしているな。」 マッケーン少将は、目の前の軍艦を見てからそう呟いた。 彼が赴任する軍艦・・・・第7艦隊所属第72任務部隊第1任務群の旗艦である正規空母イラストリアスは、デザイン33・メジャー10Aの 迷彩塗装が艦体に塗られているが、独特の重厚さはそのまま醸し出されている。 TF72.1の僚艦である正規空母ベニントンや、軽空母ハーミズ、ノーフォークもまた、イラストリアスと同様に迷彩塗装を施されている。 内火艇がイラストリアスの左舷に接舷すると、マッケーンは階段を上がった。 飛行甲板に上がると、イラストリアス艦長のファルク・スレッド大佐が出迎えてくれた。 「初めまして。私は、イラストリアスの艦長を務めます、ファルク・スレッド大佐であります。」 「ジョン・マッケーンだ。出迎えありがとう。」 マッケーン少将とスレッド大佐は、互いに敬礼を送る。 「ようこそ、ジョンブル戦隊へ。ささ、こちらへどうぞ。」 スレッド艦長は、にこやかな笑みを浮かべると、先頭に立って案内してくれた。 マッケーンは、飛行甲板を横切る際に、艦橋のマストに視線を向けた。 マストには、旗がはためいている。 旗は2種類ある。 1つは、見慣れた星条旗だ。その下には、ユニオンジャックが誇らしげにはためいていた。 (ジョンブル戦隊のシンボル・・・か) マッケーンは、心中で呟いた。 第72任務部隊第1任務群を構成する艦は、ほとんどが第26任務部隊・・・・元、イギリス本国艦隊所属第12艦隊のものである。 この艦隊には現在、エセックス級正規空母であるベニントンと、インディペンデンス級軽空母のノーフォーク、並びにアトランタ級軽巡の フレモントと駆逐艦2隻が追加で配備されている。 実を言うと、この追加された艦艇にも、同じようにユニオンジャックがはためいている。 このユニオンジャックは、部隊旗として認められており、TG72・1の艦艇は全てがこの部隊旗を誇らしげにはためかせている。 他のアメリカ海軍将兵は、この旗からもじって、TF26の時期からこの英艦艇群達をジョンブル戦隊と渾名している。 そのシンボルとも言うべきマストのユニオンジャックは、国を失った英海軍兵達の闘志は全く衰えていないと主張しているかのように、 力強くはためいていた。 マッケーンとスタッフ一同は、イラストリアスの艦橋に上がっていった。 彼らはそこで、イラストリアスの主な幹部達と挨拶を交わした。 1時間後、一通り挨拶が終わったマッケーン少将は、司令官公室で身の回り私物の整理を行っていた。 マッケーンは、家族の写真を机に置いてから、それをしばし眺める。 写真に写っている青年は、彼の息子であるジョン・マッケーンジュニアで、同じ合衆国海軍軍人でもある。 マッケーンジュニアは、潜水艦ガンネルの艦長として、太平洋戦線で戦っている。 「やっと、俺も前線に出向く事になったよ。」 マッケーンは、写真の息子に対し、そう語りかけた。 その時、ドアがノックされた。 「おう!」 マッケーンは、やや野太い声音で、ドアの向こう側の人物に言った。 ドアが開かれると、スレッド艦長の姿があった。 「司令、整理は順調に進んでいるようですな。」 「ああ。私物は少なくしたからね。しかし、部屋の質素さは、アメリカ海軍とあまり変わらんな。」 マッケーンは苦笑しながら言った。 「まっ、私としては、別に気にもならないがね。まぁ、立ち話でも何だし、椅子に座って少しばかり雑談でもかわそうかね。」 「ええ、喜んで。」 スレッド大佐は、マッケーンの勧めを快く受けた。 彼は、質素なソファーに腰掛けた。マッケーンは、その反対側に座る。 「従兵に紅茶を持ってこさせましょうか?」 「ああ。ティータイムには若干早いが、ひとまず、1杯もらおう。」 スレッドは、従兵を呼び付けると、紅茶を頼んだ。 「司令。どうですか、このイラストリアスは?」 スレッドは早速、マッケーンから感想を聞き出そうとする。 それに、マッケーンは淀みなく答えた。 「いいフネだよ。特に、装甲を施した飛行甲板は素晴らしい物がある。2年近く前のレーフェイル奇襲で、この艦はかなりの爆弾を 食らったようだが、飛行甲板より下には全く被害が無く、僅か2週間程度の修理で前線復帰出来たと聞いている。あの重防御ぶりなら、 いつぞやに耳にした、あの大げさな例え話もありかな、と思ったよ。」 「はぁ。食らった側としては、いつ大事に至らないかヒヤヒヤ物でしたが。」 イラストリアスは、42年6月後半に行われたレーフェイル大陸急襲作戦の終盤で、マオンド軍のワイバーン隊に多数の爆弾を浴びせられている。 この時、イラストリアスは、500ポンドクラスの爆弾11発を受けて中破したが、目立った損害は、甲板前部の非装甲部に受けた被弾部分だけであり、 装甲に覆われた部分の被弾箇所は、幾ばくかの凸凹が生じていたのみであった。 この様子を見た、あるアメリカ海軍の連絡士官は、 「我々の空母ならば、10発以上の爆弾を受けたら最低でも4ヶ月はドックから出れないだろう。だが、イラストリアスの場合は、 おい水兵、ほうきを、で済んでしまう。」 と、かなり大げさな言葉を漏らしたほど、イラストリアスは異常とも思える強靭ぶりを発揮した。 米正規空母群では、最強の防御力を発揮したイラストリアスに、海軍側は大きな魅力を感じ、しまいにはリプライザル級正規空母の建造ピッチが 急激に上がる事になった。 そのため、リプライザル級正規空母は、1番艦リプライザルが44年12月下旬、2番艦キティホークが44年2月に竣工予定と、本来の予定よりも 3ヶ月、または4ヶ月以上も早まった。 アメリカ軍主力艦の建艦スペースにプラス効果を与えたほど、イラストリアスの奮戦は注目されていた。 だが、あの時、現場に居た人物たちは、かなりヒヤリとなったようだ。 「いくら重装甲空母といえど、無限に爆弾を受け止められる訳ではありませんからね。あの時は、11発の被弾で済みましたが、 あのまま15発・・・・いや、20発と受けていたら、このイラストリアスもどうなっていたか。」 スレッドはそう言うと、やや深いため息を吐いた。 「人間が作った以上、必ずしも壊れん、とは限らないからなぁ。」 マッケーンもまた、同意したかのように呟いた。 従兵が紅茶を運んできた。2人は従兵に礼を言ってから、一口すすった。 「そういえば司令。ひとつお聞きしてもよろしいでしょうか。」 「何だね?」 スレッドの質問に、マッケーンは耳を傾けながら言った。 「どうして、TG72.1の旗艦をこのイラストリアスにしたのです?TG72・1には、このイラストリアスよりも新しいベニントンが 配備されているのに。」 「そうだなぁ・・・・・」 スレッドの質問に、マッケーンは少しばかり考え込んだ。 20秒ほど思考してから、彼は質問に答えた。 「言うなれば、このイラストリアスが打たれ強い、からかな。」 「打たれ強い、ですか。」 「そうだ。」 マッケーンは深く頷いた。 「エセックス級空母は、確かにいい艦だ。搭載機数はもちろん、艦自体の防御力も、性能も申し分無い。だが、欠点もある。」 マッケーンはそう言いながら、紙とコインを取り出した。 「エセックスに関わらず、合衆国海軍の空母は、甲板に爆弾を受けると」 彼はそう言いながら、指を紙に押し込んだ。紙はあっさり突き破られた。 「このように、簡単に穴が開いてしまう。我が合衆国海軍の空母は、全てがこのイラストリアスより装甲が薄く、甲板の表面は 木材しか使っていない。そのため、爆弾を受ければたちまち被害が発生し、穴が開いた空母は、良くても数時間は飛行機を下ろしたり、 上げたり出来ない。だが、このイラストリアスは違う。」 マッケーンは紙を置いて、コインの表面を指先でつつく。 「このコイン同様、イラストリアスは硬い装甲で覆われ、その効果は以前の戦いで実証済みだ。私は、旗艦を置くのならば、 傷付いたら高い確率で後方に下げざるを得ない空母より、多少傷付いても、機能を維持できる空母が良いと考えたのだ。 旗艦となる艦が大破したら、司令官は別の艦に移乗するという面倒な作業も起こる。私はそのことも考え、効率化を図るためにこの イラストリアスを旗艦にしようと思ったのだ。」 「なるほど、いい考えですな。」 スレッドは、マッケーンの言葉に納得した。 「それに、自室の質素さは、エセックス級もイラストリアス級もあまり変わらんからね。だから、私はより安全度の高い方を選んだのさ。」 マッケーンはそう言ってから、ニヤリと笑った。 「頑丈な船は安心できますからな。」 スレッドもまた、微笑みながら言った。 第7艦隊は、機動部隊である第72任務部隊と船団護衛部隊である第73任務部隊、そして、輸送船団である第74、第75任務部隊に別れている。 その中で、主力を成すのが第72任務部隊である。 第7艦隊の司令長官は、歴戦の指揮官であるオーブリー・フィッチ大将が任命されている。 機動部隊指揮官は、意外にもジェームス・サマービル中将が任命された。 当初、機動部隊の指揮は、これもまた歴戦の空母部隊指揮官であるレイ・ノイス中将が選ばれるかと思われていたが、当の本人は大西洋艦隊参謀長に 引っ張られていた。 この他にも、色々な将官が立候補に上がったが、大西洋艦隊司令部は、元TF26司令官であるサマービル中将に機動部隊の指揮権を与えた。 この件では、海軍内で色々と議論が交わされたが、サマービルは、転移前にはタラント空襲作戦等で空母部隊を指揮していた事や、グラーズレット空襲で 敵戦艦撃沈という功績も挙げているため、機動部隊指揮官としても申し分無いと判断され、サマービルは抜擢されたのである。 サマービルの指揮する事になった第72任務部隊は、現在2つの任務群から成っている。 第72.1任務群はマッケーンが指揮官に任命され、正規空母イラストリアス、ベニントン、軽空母ノーフォーク、ハーミズを主力に据えている。 これの護衛には、戦艦プリンス・オブ・ウェールズと巡洋戦艦レナウン、重巡洋艦カンバーランド、ドーセットシャー、軽巡洋艦ケニア、ナイジェリア、フレモント、 駆逐艦16隻が当たる。 第72.2任務群はジョン・リーブス少将が指揮官に任命され、、正規空母ワスプ、ゲティスバーグ、軽空母ロング・アイランドⅡ、シアトルを主力に、 護衛艦が巡洋戦艦コンスティチューション、重巡洋艦ウィチタ、オレゴンシティ、軽巡洋艦セント・ルイス、ダラス、マイアミ、駆逐艦16隻となっている。 今はまだ編成中ではあるが、早ければ5月。 遅くても6月にはアイオワ級戦艦2隻にエセックス級空母2隻、インディペンデンス級軽空母1隻を主力とした第3任務群が編成される予定である。 「出撃が、確か4月の初旬でしたよね。」 「ああ、その予定だな。」 マッケーンは、さり気ない口調で答えた。 「大西洋艦隊は、まずはレーフェイル大陸の西の海域にある島を奪おうとしているらしい。そのため、陸軍の2個軍が準備中で、うち1個軍は、 命令が下ればすぐに輸送船に乗れるほど、準備が進んでいるようだ。」 「いよいよ、大西洋でも本格的な反攻作戦が始まりますね。」 「うむ。しかし、太平洋戦線と違って、いささか厳しい戦いを強いられるかも知れんぞ。」 「ええ。」 スレッド艦長は、それまで浮かべていた微笑を打ち消し、不安そうな色を滲ませる。 「我々は、ただ一国だけで、レーフェイル大陸に攻めなければいけませんからね。」 太平洋戦線では、アメリカは南大陸という味方と共に、敵と戦っている。 北大陸の攻勢は既にアメリカ軍が主力といっても良い状況で進められているが、それでも南大陸側の協力には大きく助けられている。 それに対して、大西洋戦線では、受けられる支援と言えばレーフェイル大陸に多数侵入したスパイの情報提供だけで、太平洋戦線の南大陸連合軍のような 頼れる味方は、ほとんど居ない。 つまり、アメリカ一国だけで、広大なレーフェイルを収めるマオンド共和国相手に戦わねばならない。 「せめて、大西洋艦隊にも、太平洋艦隊と同じ数の機動部隊が用意出来れば、あっさりとまではいかんが、敵さんの行動を 大きく制限できるのだがなぁ。」 マッケーンは、残念そうな口調で言った。 「せめて、6月になれば、こっちも11隻の高速空母が揃えられるんですが・・・・」 「まぁ、いずれにせよ、4月には前哨戦の開始だ。敵の本陣を襲う作戦ではないから、幾らかは楽に戦いができるだろう。」 「それまでに、何度か訓練をやりたいものですな。錬度低下を防ぐためにも。」 「出撃までには、まだ2週間はあるだろうから、1度か2度は外洋訓練が出来るだろう。次の演習時には、ジョンブル戦隊の腕前を ゆっくり見せてもらうよ。」 「ええ、とくとご覧に入れましょう。」 この時、2人の心中は、出撃まであと2週間はあるという、どこかのんびりとした思いがあった。 そんなのん気な思いをぶち壊しにする出来事が、遠く東のレーフェイル大陸で行われようとしていようとは。 誰一人、知る由も無かった。
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第106話 上陸日前日 1484年(1944年)1月11日 午前8時10分 北ウェンステル領ファラムトラブ まだ夜が明けたばかりの空に、不釣り合いな甲高い轟音を鳴り響かせながら1機の艦爆が突っ込んで来る。 「おい!早くこっちに来るんだ!!!」 チェイング兄妹の兄であるレガル・チェイングは、後ろから付いて来る妹のセルエレに向って叫んだ。 「もぅ!なんで行く所行く所空襲ばっかなのぉ!!」 走って来るセルエレは、腹立たしい気持ちになりながら喚いた。 セルエレは溝を跳び越して、兄が隠れている壁の影に隠れる。 その直後、ドカァーン!という轟音が鳴り響き、ゴー!という音を立てて爆風が吹き抜けていく。 上空を、爆弾を投下したヘルダイバーが、勝ち誇ったように飛び抜けて行った。 2人は、それから5秒ほど経ってから、恐る恐る顔を上げた。 壁の高さは2人の腰辺りまでしか無い。 先ほどまで、2人がすぐ横を歩いていた赤い小さな2階建ての建物が炎上している。 その建物には、シホールアンル軍補給部隊の食糧倉庫があった。アメリカ軍の爆撃機は、この倉庫に爆弾をぶち込んだのである。 遠くで、派手に爆炎が吹き上がる。 「北の倉庫街がやられているな。」 レガルが小さい声で呟く。 やや間を置いて、雷のような爆発音が響いてきた。 上空には、まだ爆弾を投下しようとしているアメリカ軍機がいるのだろう。 対空部隊の打ち上げる高射砲弾が盛んに炸裂し、上空に無数の黒い花が咲いている。 一見、この濃密な弾幕にアメリカ軍機が捉われ、片っ端から撃ち落せそうに思えるが、現実はそう上手くいかないものだ。 アメリカ軍機は、この弾幕の中でもなかなか落ちる気配を見せない。 それどころか、地上の被害はますます増えていく。 一群のアメリカ軍機が、逆落としになって急降下していく。 高射砲や魔道銃が狂ったように撃ちまくるが、射手が下手糞なのか全く当たらない。 アメリカ軍機は投下高度に達すると、次々と機首を引き起こしていく。 この時になってやっと1機が撃墜されたが、その次の瞬間には狙われた建物が命中弾を浴び、爆砕された。 10分ほどの時間が経ち、アメリカ軍機はサーっと潮が引くように撤退して行った。 「はぁ・・・・ここも酷くやられたな・・・・」 「ここ最近はどこも似たような物よ。連合軍の上陸が近いのは、どうやら本当みたいね。」 2人は、ため息まじりにそう呟いた。 ここファラムトラブはルベンゲーブの北西10ゼルドの場所にある田舎町で、ラムレイス山脈の左側にある。 現在はシホールアンル軍が補給基地として使用している。 チェイング兄妹が、このファラムトラブに到着したのは昨日の夕方頃であった。 彼らは新たな情報を入手したスパイと会うために、この町にやって来た。 スパイと面会したのは昨日の午後9時頃であった。 スパイの話によると、2ヶ月前にラグレガミアの南西6ゼルドの街道で、鬱状態に陥りながら歩いていた怪しい少女を見つけたと言う。 その少女が、3週間前に魔法通信で送られて来た脱走者の容姿と似ていたために、(シホールアンル軍上層部は、つい最近まで信用の置ける スパイや捜索員、高官等にしか、鍵の詳細を教えていなかったが、12月の中旬ぐらいからは下っ端のスパイに対しても、詳細な情報を送る ようになった)2人に連絡したのである。 チェイング兄妹は、この情報は信頼できると判断し、今日の午前8時までにはファラムトラブを出発する予定であった。 出発には前日に手配していた馬車を使う予定であった。 そして午前7時50分。2人が馬車の待機所に向っていた時に、突然空襲警報が鳴り響いたのである。 予め空襲を警戒していたためか、味方のワイバーン部隊が60騎ほど飛び立ち、アメリカ軍機を迎撃に向かっていくのが見えたが、ワイバーン隊の迎撃網はあっさりと突破された。 ワイバーンの迎撃を突破したアメリカ軍機は、対空砲火を浴びながらもファラムトラブを猛爆した。 爆撃は20分ほどで終わったが、その間、アメリカ軍機は爆弾や機銃弾を好き放題叩き込むなどして派手に暴れ回った。 アメリカ軍機の爆音が過ぎ去ったのを確認するや、2人は馬車の待機所を目指して歩き始めた。 待機所に向う途中で、戦闘を終えたワイバーン部隊が帰還していくのが見えた。 2人は歩きながら、そのワイバーン群に見入っていた。 戦闘前は、堂々とした編隊を組みながらアメリカ軍機を迎え撃ったワイバーン群だが、戦闘後のそのワイバーン群には、戦闘前の整然さはすっかり消えていた。 単騎、または2~3騎ほどの小編隊でワイバーン基地に戻りつつある。 帰還するワイバーンの中には、酷く傷付いたのか、よろよろと飛ぶ物もちらほらと見受けられる。 「44騎しかいないな。」 レガルは、帰還していくワイバーン群を数えていた。 「最初は60騎いたのに。アメリカ軍機に16騎も落とされるなんて、何やってんのやら。不甲斐ないったらありゃしない。」 セルエレは、どこかがっかりしたような、(ワイバーン乗りが聞いたら激怒するような)口調で呟いた。 「まあそう言うな。ここ最近はアメリカ野朗も腕を上げているようだ。むしろ、200機以上の大編隊に突っ込んで、16騎のみの喪失だけで 切り抜けたんだから頑張ったといえるよ。」 レガルは、周りの光景を見ながらワイバーン隊を擁護するような事を言う。 「まあ、その頑張りも、この有様じゃあ無意味だがな。」 ファラムトラブの町は、あちこちで黒煙を吹き上げている。 その黒煙の大半は、シホールアンル側の軍事施設か物資の貯蔵施設ばかりである。 ファラムトラブには、1個軍相当の部隊を3ヶ月賄えるほどの物資が置かれていたと言う。 集積された物資は、この町のみならず、南の森林地帯にも相当数保管されており、万が一ファラムトラブが全滅しても補給物資は残る。 とはいえ、さっきの空襲で受けた打撃は、決して少ない数では済まなさそうだ。 いや、沿岸部を跳梁する米機動部隊が、このファラムトラブに対して2度か、3度の空襲を反復する可能性は充分にあるから、被害は更に積み重なるだろう。 「しかし、俺達の行く所、どうしてこんな酷い空襲ばかりを受けるのだろうか。俺達はアメリカ野朗に対して、あんまり 悪い事をしでかしてないのになあ。」 「何度かはやってるよ。」 セルエレが淡白な口調で言ってくる。 「あたしも、アメリカ人の首を飛ばした事あるし。」 「恐らく、俺達は呪われているかも知れんな。」 「ま、呪いなんか怖くないけどね。」 セルエレは鼻で笑うような口調で言うが、レガルにはどう見ても単なる強がりにしか思えなかった。 彼らが向っていた馬車待機所が見えてきた。待機所のすぐ側にあった高射砲陣地が爆弾を喰らったのか、黒煙を吹き上げている。 高射砲は、砲身が真ん中辺りからぐにゃりと折れ曲がり、その周囲には戦死者の遺体が、破片と共に散乱している。 「やあ、酷い空襲だったね。」 レガルは、馬車を点検している軍曹に声をかけた。 「ええ、もう本当に凄かったですよ。この待機所はなんとか無事で済みましたが、隣の対空陣地があの様ですよ。私はそこの壁に 隠れていたんですが、アメリカ軍の戦闘機が自分が隠れている場所に機銃を撃ってきた時は、もう駄目かと思いましたよ。」 「やりたい放題だったからな。まあそれはいいとして」 レガルは懐から一枚の紙を取り出した。 「今日、ここから馬車を一台借りる事になっていたんだが。」 「ああ、もしやあなた方ですか。自分の馬車に乗る客人は。」 軍曹はそう言うと、彼もまた懐から書類を出して、レガルから渡された書類を照らし合わせる。 「やっぱりそうだ。私は、国内相の役人2人をラグレガミアまで乗せろという指示を受けとったんです。ささ、どうぞ乗ってください。 点検はもうすぐで終わりますよ。」 2人は軍曹の勧めに応じて、そそくさと馬車に乗った。 2分ほど経ってから、馬車は動き始めた。 「なあ御者さん。ラグレガミアまでは、大体何時間ぐらいで付く?」 「あの辺りは道がくねくねしとりますからねぇ・・・最短でも1日、天候次第では2日、3日かかる事もあります。 まあ今の状況では正直、何日かかるかわかりませんね。」 御者の軍曹は、前方を見続けながら苦い表情で言う。 前方には北に続く街道があるのだが、街道は補給部隊の馬車隊や、前線に送られる予定の部隊で混雑している。 「敵の機動部隊が沖でうろちょろしている今では、最低で3日ほどは覚悟したほうがいいですな。空襲が始まったら馬車から逃げないと 行けませんからね。逃げ遅れたらすぐに風穴だらけですよ。」 シホールアンル軍は、馬車を広く取り扱っており、補給から司令部連絡、はては高級将校の移送等に携わっている。 アメリカ軍の攻撃隊は、馬車を見つけると見境無く機銃弾を撃ち込んできている。 この事がここ2、3日頻発しているため、馬車を動かす御者の間では、アメリカ軍の飛行機を見たらすぐに馬車を捨てろと言われるほどだ。 普通ならば、現地人の馬車も被害を受けていそうな物だが、憎らしい事に、現地人の乗る馬車は被害を受けていないようだ。 「ホント、アメリカ軍は忌々しい物ね。」 セルエレは、憂鬱そうな口調でレガルに言った。 「海軍がだらしねえからな。海軍がしっかりすりゃ、シホールアンルの名はここまで落ちる事は無かったのに。」 レガルは忌々しそうな口調で呟いた。 馬車がファラムトラブの町から出ようとしたその時、またもや空襲警報のサイレンが鳴り響いた。 1484年(1944年)1月11日午前11時 北ウェンステル領ナ・ウォク シホールアンル軍第20軍司令官であるムラウク・ライバスツ中将は、急ぎ足でウェンステル防衛軍司令部へ入っていった。 上空には、帰還して行くアメリカ軍爆撃機編隊の爆音が響いている。 「全く、どこもかしこもアメリカ軍機だらけだな。」 ライバスツ中将は、隣を歩く参謀長に語りかけた。 「連中は上陸前に、こちらを出来るだけ叩いて障害を無くそうとしているのでしょう。忌々しいですが、理に叶ったやり方ですよ。」 参謀長は苦笑しながら、ライバスツ中将に返事する。 「確かにな。憎らしい事だが、アメリカは戦争のやり方が上手い。」 2人は適当に雑談を交わしながら、会議室に入って行った。 会議室には、ウェンステルに配置されている各軍の司令官と、ウェンステル防衛軍の総司令官が既に集まっていた。 「全員揃ったところで、会議を始めるとしよう。」 椅子に座っていた初老の男。ウェンステル防衛軍総司令官ソラフル・フラウゾ大将が口を開いた。 「現在、連合軍は南大陸北部に兵を集結させている。特にここ数日は、アメリカ軍航空部隊の空襲が続いている。その規模は、 日増しに激化しつつある。また、沖合いにはアメリカ海軍の空母機動部隊が頻繁に出没し、沿岸部にある我が軍の基地に空襲を 行っている。この執拗な空襲は、連合軍の北大陸侵攻作戦の前触れであろうと私は確信している。」 フラウゾ大将は、重々しい口調で会議の参加者達に向けて言い放つ。 「敵の侵攻は、いつ起きてもおかしくない状況にあるだろう。そこで、各軍の現状の報告と、今後の対応について協議を行いたい。」 会議はまず、各軍の準備状況の確認報告から始まった。 シホールアンル軍は、ウェンステル北部の砂漠地帯に7個軍の兵を配置した。 この7個軍は、それぞれ西部地区、中部地区、東部地区に分けられた。 西部地区には陸軍第7、第6軍、中部地区には第19、第20、第49軍、東部地区には第4、第5軍が配備されている。 この7個軍の前線軍の他に、3個軍相当の部隊が後方で待機している。 ライバスツの第20軍は、南大陸戦線で消耗し尽くしていたが、北大陸に撤収後は新たに第30軍団と第33軍団を編入され、戦力を回復している。 前線部隊は、前回の教訓から全ての軍が応戦準備を整えていた。 また、前線軍のほとんどは、新型ゴーレムキリラルブスを主体とした石甲師団や機動旅団を保有し、機動作戦を行えるように部隊が改編されている。 この他に、非常手段として対空魔道銃の定数が大幅に増やされた。 対空魔道銃は軽量の81年型軽魔道銃が主に配備され、対空用のほかに、対人用として防御に当たる歩兵部隊にも手渡されている。 「一応、戦備は整った。問題は、その後だな。」 各軍司令官から報告を聞いたフラウゾ大将は、第7軍司令官に顔を向ける。 「フルレウト中将。君の軍には、例の物があったな。」 「はっ。」 「あれを効果的に使うとしたら、やはり上陸したての敵にぶつけるしか手は無いと思うのだが。」 「お言葉ですが総司令官。陸上装甲艦は夜間の強襲作戦において最も威力を発揮する兵器です。確かに魔法防御は強力ですが、 相手は何千機という航空機を持っています。敵の戦車部隊を蹴散らしている間に、それらに襲われれば、魔法石の消耗速度は激しくなります。」 第7軍には、最新鋭の陸上装甲艦を配備した第311特殊機動旅団が編入されている。 第311特殊機動旅団は、3隻の陸上装甲艦の他にキリラルブスと、それを改造した移動式重砲隊各1個連隊ずつで編成されている。 フラウゾ大将は、まずこの第311特殊機動旅団を主軸にして上陸する敵に大損害を与えたいと考えていた。 しかし、第7軍司令官であるフルレウト中将は、航空機の行動が制限される夜間のみこの特殊機動旅団を使いたいと思っていた。 昼間に使えば、陸上装甲艦の姿に驚いたアメリカ軍が、航空機の大群を差し向ける事は目に見えている。 しかし、フラウゾ大将は譲らなかった。 「白昼堂々と敵に突撃し、大打撃を与える事が最も効果的だ。確かに、夜間の攻撃でも通要するだろう。だが、夜間では陸上装甲艦の姿は 敵に見えにくい。それでは敵に恐怖感を与えにくいだろう。心理的な恐怖を与える場合は、やはり昼間の攻撃で大打撃を与え、陸上装甲艦の 勇姿を敵に見せ付けるしかない。」 「昼間攻撃に移る際、敵の激しい空襲が予期されます。その時、ワイバーン隊の支援は受けられますか?」 「私が空中騎士軍の司令官と会って話をつけよう。だから、上空援護の面では心配はいらぬ。」 「そうですか。それならば安心できます。」 フルレウト中将は、納得したような口調でそう言った。 しかし、ライバスツ中将は、フルレウト中将が内心ではあまり納得してはいないなと思った。 その証拠に、フルレウト中将はやや不満げな表情になっている。 (彼が心配するのも、無理は無いな) ライバスツ中将は、フルレウト中将の心境を案じながらも、彼が心配する原因の事を思い出していた。 フルレウト中将の心配は、ワイバーンの援護を受けられるか否かにあった。 確かに陸上装甲艦は強力な魔法防御を持っているが、それが延々と機能する訳ではない。 丸1日程度の航空攻撃には耐えられるかもしれないが、それが2日、3日と続けば危ない。 陸上装甲艦の魔法防御は、消耗したらしばらく機能をストップさせ、自己回復を行わせなければならない。 魔法防御用の魔法石は、万が一ギリギリまで消耗しても、1日で魔力を回復して元の防御力を得る事が出来る。 それは、魔力を大きく消耗すれば1日は作戦に参加できないという事だ。 もちろん、装甲艦であるから、防御力はそれなりにあるが、魔法防御を外せば艦の各部に戦闘による損傷が生じる。 そうなれば、1日どころかそれ以上の時間を修理に費やさなければならなくなる。 フルレウト中将は、魔力の消耗をなるべく避けるために航空機の行動数が少ない夜間に敵を迎え撃ちたいと思っていた。 実を言うと、彼も最初は夜間に限らず、昼間攻撃でも差し支えは無いと思っていた。 だが、その思いは味方の保有するワイバーン並びに竜騎士の激減という形で覆された。 シホールアンル陸軍が保有するワイバーンの総数は、前年と比べて大きく下がっていた。 この影響は、各空中騎士軍の定数割れという未曾有の事態に発展し、本国の再編成部隊では新設予定だった空中騎士隊が、 いつの間にか無かった事になるという事が起きているほどだ。 シホールアンルのワイバーン保有数は、このような影響が出るほど落ち込んでいるのである。 ワイバーンは、ウェンステル領に3000騎ほど配備されているが、そのワイバーンもここ連日の迎撃で少しずつ減りつつある。 一昔前と違って、数の少なくなったワイバーン部隊に、果たして期待ができるのだろうか? フルレウト中将は常日頃からそう思っており、フラウゾ大将の口から出た約束も、満足に信用できなかった。 その事は、ライバスツ中将も思っている。 彼の率いる第20軍は中部地区の防衛に当たっている。この中部地区にも、南ウェンステルから発進したアメリカ軍爆撃機の空襲を受けている。 幸い、偽装した防御陣地は見分けにくいのか、アメリカ側の爆撃はことごとく外れ、被害はあまり無いが、1波ごとに100機以上の大編隊を 何度も繰り出すアメリカの猛攻には、ライバスツも内心でいよいよ本気で攻めて来るなと思わせた。 それと同時に心配になったのは、やはり友軍ワイバーン部隊の上空援護をどこまで受けられるか、であった。 (南大陸戦で、航空戦力をごっそりすり減らされている。だから、期待した以上の支援は見込めないかもしれないな) ライバスツ中将は、冷静にそう判断している。 「総司令官閣下。情報によりますと、アメリカ軍の大船団がエンデルドより出港したとの事です。この情報からして、連合軍の侵攻作戦は 1両日中に開始されるかと思われます。」 「その情報なら私も耳にしている。連合軍は本気で取り掛かってくるぞ。この1ヶ月以内に、上陸する連合軍を追い払えるか否かで、 この戦争の様相は大きく変わるだろう。出来れば、1ヵ月後には再びこの地で、諸君らと会議を開きたい物だ。」 フラウゾ大将は、最後の部分は重い口調で喋った。 (総司令官閣下も苦労されているな。まあ、相手が連合軍・・・・あのアメリカ軍を含むからな。閣下の苦労も並大抵のものではない) ライバスツ中将はそう思った。 戦場は、いよいよ北大陸に移るのだ。この砂漠からずっと北に行けば、神聖なるシホールアンル本土がある。 ここで下手をすれば、その神聖な本土が敵に踏みにじられるかもしれない。 シホールアンル軍人としては、決して負けられない戦いとなるだけに、フラウゾ大将のプレッシャーも相当なものであろう。 (1ヵ月後、ここで再度作戦会議を開くためには、我々は努力せねばならんな。それには、敵地上軍に大打撃を与えるしかない) ライバスツ中将は、密かにフルレウト中将に視線を向ける。 彼の持つ切り札が、大いに暴れ回れば、地上戦の主導権は(一時的にのみかもしれないが)シホールアンルに渡る。 しかし、切り札が早々に潰されれば、南大陸戦の繰り返しになる事は確実だ。 (ワイバーンの航空支援と、陸上装甲艦の活躍如何で、この戦の行方が決まる・・・・か。我が軍も切り札に頼るようになるとはな。 戦争のやり方も、余裕のあった昔と違って大きく変わったものだ) ライバスツ中将は、内心でため息をつきながらそう思った。 その後、会議は思いのほか短く終わり、各軍司令官は、それぞれの司令部に戻って行った。 戦機は熟しつつあった。 1484年(1944年)1月11日 午後3時 シホールアンル帝国ジャスオ領 第4機動艦隊は、ジャスオ領北部にあるスマドクナに停泊していた。 以前までは、中西部の軍港レドグナに根拠地を置いていたのだが、海軍上層部は去年10月より行動を活発化させた米機動部隊の奇襲を恐れて、 より北にあるスマドクナ軍港に根拠地を移した。 レドグナには、以前と同じように艦船やワイバーン部隊が置かれているが、主力艦隊は全てこのスマドクナに置かれている。 第4機動艦隊司令官であるリリスティ・モルクンレル中将は、旗艦である正規竜母モルクドの艦橋から、桟橋に向っていく短艇を見つめていた。 「しかし、あの国内相の役人はとんでもない事を言ってくれましたね。いきなり、戦艦を2隻貸してくれと言い出して来るとはね。」 第4機動艦隊の主任参謀を務めるマクガ・ハランクブ大佐は、眉をひそめながらリリスティに言った。 「本当にとんでもない奴よ。一瞬、海に叩き込んでやろうかと思ったわ。」 リリスティは、怒りを露にした口調で吐き捨てた。 彼女が不機嫌な理由は、5分前まで行われていた会議にあった。 午後2時50分ごろ、旗艦モルクドに、2日前にスマドクナに入港したばかりの第11艦隊司令官と、国内相の役人が乗艦して来た。 国内相の役人は、ロハクス・カリペリウと名乗った。 リリスティは最初、何故国内相の役人が第11艦隊と一緒にいるのか疑問に思った。 ちなみに彼女は、ロハクス・カリペリウとは2年前、首都のパーティーで一度だけ見た事がある。 カリペリウ家は、シホールアンル帝国の中では10位以内に入るほどの有力貴族であり、地方のみならず、首都の役人や有力貴族と深い関係を持っている。 しかし、カリペリウ家はリリスティのいるモルクンレル家とは犬猿の仲であり、パーティーの席上では、最初に儀礼的な挨拶を交わして、 後は互いに無視を決め込むほど、関係は冷え切っている。 2年前のパーティーでは、リリスティはロハクスと会話を交わさなかったため、彼が何の仕事をしているかわからなかったが、 今日、そのロハクスが初めて国内相の役人である事知った。 「初めまして。私は第11艦隊司令官を務めます、イル・ベックネ少将です。」 「私は国内相特殊課の課長を務めます、ロハクス・カリペリウと申します。以降、お見知り置きを。」 互いに席についた後、話は始まった。 「まず、単刀直入に申し上げます。モルクンレル司令官、我が第11艦隊にあなた方の戦艦をお貸し願いたい。」 「はぁ?戦艦を貸してくれ、ですって?何でそんな事言うのよ。」 リリスティは、突然の申し出に苦笑しながらそう言った。 第11艦隊の編成は、リリスティにも伝わっている。 ベックネ少将の第11艦隊は、最新鋭の巡洋戦艦であるエレディングラを旗艦に定め、この他にオーメイ級巡洋艦のサラムク・ライド、 バルブンカ、駆逐艦12隻で編成されている。 艦隊に竜母は居ないものの、エレディングラはマレディングラ級巡洋戦艦の2番艦であり、装甲がやや不充分な点があるものの、 エレディングラの持つ13ネルリ砲9門は、水上艦の持つ砲力としては破格の物だ。 それに、他の艦艇はいずれも砲力はそこそこあり、15リンル以上の高速が出せる快速艦ばかりである。 戦力的には一応整っているといえる。なのになぜ、戦艦2隻を貸してくれと言うのだろうか? それ以前に、国内相の役人が、艦に乗っている事自体異例だ。 (何か、重大な任務を帯びているのかな?) リリスティがそう思った時、ベックネ少将は言葉を続けた。 「我々第11艦隊は、将来起こりうるであろう事態に備えられて編成された艦隊です。その起こりうる事態については、誠に申し訳ありませんが、 私の口から言う事はできません。」 ベックネ少将は、どこか複雑な表情でそう言い放つ。しかし、カリペリウは、それとは対照的な表情を浮かべている。 (こいつ・・・・なんでニヤけているの?) リリスティは、何故か薄気味悪い笑みを浮かべるカリペリウを見て、不快な思いになった。 「言えるとすれば、ただ1つ。この艦隊は、皇帝陛下の命によって直々に編成された艦隊です。これをご覧下さい。」 ここでロハクスが口を開き、持っていた鞄から書類を取り出した。その書類に、リリスティの見慣れた筆跡がある。 「皇帝陛下から渡された全権委任状です。私は、この委任状によって、第11艦隊の戦力補充を自由に行なう権利を与えられています。」 ロハクスは、見せびらかすように書類をリリスティの前に置いた。 「いきなりそんな事言われても・・・・・あたし達の竜母は、ワイバーンは勿論の事、戦艦、巡洋艦、駆逐艦の援護があって、初めて行動が できるのよ。特に、対空兵器を多く乗せている戦艦はどんな秘宝よりも貴重な代物。こんな書類を見せられて、はい、そうですかとは・・・・・」 リリスティは、困惑した表情を浮かべて2人に言った。 現在、第4機動艦隊は正規竜母6隻、小型竜母6隻を主力に置いている。 リリスティは、この12隻の竜母を4隻ずつに分け、3つの機動部隊を編成している。 1月10日現在までの編成は次の通りである。 第1部隊 正規竜母モルクド、ギルガメル、小型竜母ライル・エグ、リテレ 戦艦オールクレイ、ケルグラスト 巡洋艦ラスル、ルブルネント、ルバルギウラ、フリレンギラ、フラミクラ 駆逐艦14隻 第2部隊 正規竜母ホロウレイグ、ランフック、小型竜母リネェング・バイ、ゾルラー 戦艦クロレク、ネグリスレイ 巡洋艦リムクレイ、マクヅマ、ルムンレ、ルンガレシ、サトナレミル 駆逐艦16隻 第3部隊 正規竜母コルパリヒ、ジルファニア、小型竜母アンリ・ラムト、ナラチ 戦艦ポエイクレイ、巡洋戦艦マレディングラ 巡洋艦エフグ、ジョクランス、ラビンジ、マルバンラミル、マル・トロル 駆逐艦14隻 43年時の編成と比べて、護衛艦艇に続々と新鋭艦が増え始めている。 喜ばしい事は最新鋭戦艦であるネグリスレイ級や、新鋭巡洋艦のマルバンラミル級が機動部隊へ優先的に配備されている事である。 新鋭戦艦のネグリスレイ級、新鋭巡洋艦のマルバンラミル級は、従来の艦と違って初めから対空戦闘も念頭に置いて建造されているため、 保有する対空兵器が多い。 それに加え、駆逐艦も砲力を増したスルイグラム級が2隻~3隻ずつ配備されており、各部隊の対空火力は以前より向上している。 しかし、対空戦闘の要となる戦艦がいるといないとでは、状況は違って来る。 戦艦は、1隻で巡洋艦2隻分、駆逐艦4隻分の対空火力を有しており、1隻でもいれば輪形陣の対空戦闘はよりやりやすくなる。 脆い竜母にとっては、まさに頼れる存在と言っても良い。 その貴重な戦艦を、ロハクスは第11艦隊に回せ、と言うのである。 (この小男は、ネグリスレイ級を狙っているかもしれない) リリスティは、目の前の小男が狙っている艦を予想した。 もし、ネグリスレイ級を2隻も持って行かれたら、第2部隊、または第1部隊の対空火力は下がってしまう。 そうなれば、戦闘開始前から大きな痛手を被る事になる。 ロハクスは、要求を述べた。要求の内容は、リリスティの予想していた物とは少し違った。 「オールクレイ級を・・・2隻?」 「はい。オールクレイ級2隻で構いません。」 「どうしてオールクレイ級なの?」 「本当は、ネグリスレイ級を持って行こうかと思ったのですが、よく考えてみれば、1番艦ネグリスレイ、2番艦ポエイクレイは、 共に就役して1年も経っていません。兵士に例えれば、新兵そのものです。実戦を経験していない艦よりは、火力がやや小さくても、 既に幾度かの戦闘を経験したベテランを連れて行ったほうがよろしいか、と思いましたので、実戦経験を積んでいるオールクレイ級2隻を 貸してもらおうと考え付いたのです。」 (ク・・・・これはこれで、相当痛いわ) ロハクスの申し出に、リリスティは内心やられたなと思った。 オールクレイ級は、新鋭艦であるネグリスレイ級と比べると、確かに旧式だ。しかし、乗員は既に艦自体に慣れ親しんでおり、錬度も高い。 おまけに、オールクレイ級も速力や対空火力は悪くないから、ある意味ではネグリスレイ級2隻を取られるより痛手であった。 「拒否権は、無いのよね?」 「申し訳ありませんが。なるべく、私の申した通りの戦力をお貸し願いたい。勿論、永遠にと言う訳ではありません、あくまで一時的にです。」 「正確には、どれぐらい?」 「陛下が、第11艦隊が必要でなくなった、と言う時までです。その時には、貸してもらったた艦を返すだけではなく、この艦隊をあなた方の 機動部隊にそっくり編入するよう申し出てみましょう。」 ロハクスは、勝ち誇ったような笑みを浮かべて、リリスティに言った。 隣に座っているハランクブ大佐は、眉をひそめていたが、リリスティは笑顔を作って答えた。 「わかったわ。では、第1部隊と第2部隊から、それぞれ1隻ずつ貸してあげる。それでいいわね?」 「はい。貴重な戦力を毟り取るような真似をしてしまいましたが、作戦が終了した際には、貸していただいた艦は必ずお返しいたします。」 ベックネ少将のその一言が、不快な会合の終わり言葉となった。 「全く・・・・あの小男の顔を思い出すと、無性に腹が立ってくるわね!」 リリスティは、苛立ったような声でそう言い放った。彼女にとって、ロハクスの言葉1つ1つが癪に障るものだった。 「自分の背後にある力を見せ付けて、圧力をかける輩とは、生きているうちに何度か必ず出会うと聞いた事がありますが、 しかし、あの小男はなかなかに強烈でしたな。」 「本当にね。ま、あんなのは後ろ盾が無くなったら、コロっと敵に寝返るもんだけどね。」 リリスティは、フンと鼻で笑いながらそう呟いた。 「それにしても、オールクレイ級2隻が取られるのは、ちと痛すぎましたね。」 「ええ。まあ、オールクレイ級以外で余分な艦は取られなかったから少しは安心したけど、この状態で敵機動部隊と戦うとなると、 攻撃された時が怖いわね。」 リリスティは苦笑しながら主任参謀に言ったが、頭の中ではそれとは別の事を考えていた。 (皇帝陛下の委任状を持った国内相の役人。その役人を乗せた第11艦隊・・・・あの艦隊は、皇帝陛下・・・つまり、オールフェスの命で 編成されていると、あの小男は言ってた。竜母を伴わない第11艦隊で、何をするというの?) 彼女は、そう思いながら、北東の方角に顔を向けた。 遥か北東の方角には、首都ウェルバンルがある。ウェルバンルにある帝国宮殿では、オールフェスが普段通りの政務を行っているはずだ。 (オールフェス・・・・・あんたは一体、何を考えているの?) リリスティは、遠い先に居る幼馴染に向かって、心で呟いていた。
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「新たな事実が判明するにつれて、違う説も出る。 元々、異世界召喚説とは違う可能性すらあると黒桐が言っていたのだ。 たった2週間で世界の全てを知り、日本に起こった常識外れの世界同時通信途絶テロを解決する。 2週間経ただけで人類史上かつてない事件を究明できるのはどんなスーパーコンピューターだ? 事態の全てを判断できるのは“神の視点”を持った奴だけだ」 異世界に転移と一口で表すとしても様々なものがある。 時間的転移、空間的転移、時空的転移、認識的変化、 例えば、行われたのが平行世界的な転移だったとしたら元の地球と星の位置が同じわけであり、 『天文関係でモロバレだと思うんだがね』と豪語していた科学者の言葉とは違う結果となる。 もしそうだったとしたら私達は元の時間に戻るために努力しなければいけないし、 認識的な転移だとしたら、あたかもマトリックスの世界から目覚めた主人公のごとく 私達が異常な夢から目覚めなければいけないだろう。当然、星の位置などあてにならない。 原因によって取る対策も違ってくるし、見当違いの努力を延々と繰り返す破目に陥るかもしれない。 あらゆる可能性を探っていかなくてはならない。 「ここは異世界です、他所の国は侵略狙ってます。 わけわからん魔物やらもわんさといます。 だからまずは自衛隊が行きます。 これでも同意を取れませんか」 「無理だ。国交も無い国へいきなりの自衛隊派遣だぞ? 敵は魔法や魔物を使ってくる意味不明な世界だぞ? 商船の護衛ですらキュージョーキュージョー言ってる日本が外に使者を派遣か? 最悪、自衛隊の護衛なしで行く可能性すらある、使者はそこらの魔物に喰われてお終いだ。 私達はバッサンの使者を話し合いもなしに殺しているのを忘れるな」 「日本国は一発も相手に向かって発砲しておりませんが」 「相手からはどう見えるかだ。味方を9000人近く殺した敵と同じ姿をしている。 相手から見分けて欲しいところだが、期待できそうも無い。 君は在日米軍と自衛隊の装備の違いがわかるかね?装備だけを見て違う国の人間と判断できるかね。 軍事マニアならできるだろうが私にはわからん。中世の人間が韓国軍と自衛隊の見分けが付くだろうか」 野党の牛歩戦術で議決が長引き、“いざ使者を出そうとしたら、食料も資源もありません” でしたとなるのを恐れた。物資備蓄も少ない。迅速な海外との接触が必要であった。 自衛隊の災害派遣なら、法の範囲内で“災害で通信が回復しない国”へ派遣できる。 復興支援部隊は戦力の派遣に当たらない。 「茂人君は仮に日本が召喚されたとして、相次ぐミュータントとの遭遇や謎の超能力、 正体不明の軍隊が襲ってきたらどう動くかね?」 「防御を固めて、情勢がはっきりするまで待機でしょうか」 「自衛隊を日本から離さず、防衛に力を入れる。 普通ならそれで間違ってはいない、大抵は保身に動くだろうな。そして手遅れになる」 食料資源は半年も持たず、鉱物資源もほとんどない。 どちらも自給は出来ず、逃げ場の無い島国である。 食料だけでも半年以内に決着を付けなくては、1億三千万人、座して死を待つだけだ。 「あえて国民の危機感煽って(石油食料は○ヶ月しかもたない)とやれば 民意はかなり操作でき、そうなればごり押しでもいけませんか」 「つい最近、領土を武力侵攻され奪われ、領土ギリギリの場所に油田を造られ、 北の占領された島さえ返してもらえず、ミサイルが2度も頭上を飛び越えて軍を持てなかった国が 自衛隊の護衛による使者派遣を許すと思うかい?私は駄目だと思うね」 「明らかな地球外巨大生物などの現物があるため、説得は可能だと思われます。 トンデモ話では日本以外全部沈没と変わりません」 「茂人君は国民を信頼し過ぎる。余り期待すると政治家はやっていけんよ ある日突然『日本は異世界に召喚されました』信じられるかね? ファンタジーな世界に理解のある君でも、 『先ほど異世界に転移した事をひたすら隠すのかが理解できん』と話していたではないか。 人間の固定観念は簡単に治らんよ。私も含めて」 ガリッ、ボリボリボリ かき餅を齧る。 紅茶と餅の相性は悪い。 「固定観念、ですか。黒いエルフを見るとダークエルフと決め付け、迫害されてると勘違いし、 差別論争に発展してしまう私達のようですね」 「まあ、実際彼女達は迫害されているのだがな。美形のオークも乙なものだぞ。 近年のオーク、ゴブリンを別種として扱っているものも多い。 元は同じものなのに後付設定とは面白いものだ」 「後付は歴史と文化そのものです。認めたいものだけを見てればいいんです。 たとえばそう、邪神に属性を付けたらチープになるからダーレスは認めないとかでもいいんですよ。 人の認識なんてあいまいなもんです」 ちなみに塩味っぽいのは甘い紅茶と組み合わせると 塩味と砂糖味が両方そなわり最低な味になり破壊力ばつ牛ン。 砂糖味が強くなると頭がおかしくなって死ぬ。 せめて苺大福が欲しかった。 「そこまで考えての嘘とは。感服しました」 「まあ、実は適当に考えた嘘に理由付けしただけだったんだけどな」 武原は小さな小さな声でぼそり。 「何か言いましたか?」 「いいや。何もいっておらんよ」 ケーキがいない紅茶に未来はにい。 別に不味さをアッピルなどしてはいない。 紅茶と煎餅の組み合わせを不味いと感じてしまってるやつは本能的に長寿タイプ。 紅茶の香りと米の香ばしい香りがぶつかリあうこの相性はどちかというと大反対。神の贈物と地獄の宴。 かき餅に致命的な致命傷を与えられ想像を絶する悲しみが舌を襲う。 茶葉の貴重さを世に広めることでリアル世界よりも充実した食生活が認可される。 この煎餅を並べた奴は誰だあ! まあ、総理なんだが。 煎餅はそのものは美味いよ。組み合わせは最悪なだけで。 「では、先はいかがなさいます。“ダークエルフと同盟結んで列強と戦い”ますか」 「真坂あ!そんなものは頭の隅にも考えていない」 武原は面白い冗談を聞いたように大笑いした。 笑いすぎたのか上がった足がテーブルの湯のみを蹴り上げ、中のこぶ茶をこぼす。 「軍事強国であるバッサン帝国のバリスタ、魔法の威力、船の速度や排水量、背景となる技術。 魔法による誤差を目算に入れても我々はあらゆる技術で相手を圧倒している。 戦争にも勝てるだろう。敵首都に居る首脳をミサイルで遠距離から殺害、空挺降下で王や姫を捕縛。 敵は銃相手に近寄ることすら出来はしない。決着に一ヶ月と掛からないはずだ」 「先は二度目の満州国ですか」 隣国の件があるからな。 下手に手出しをすると墓穴を掘りそうだ。 ようは、戦争に負けた日本が悪かったのだろうが。 勝てば官軍、座れば代官、歩く姿は戦勝国。 「一度やって懲りている。満州国も予定に無い。 兵器や技術は圧倒するだろう。しかし戦争に負ける。日本には継戦能力が無い。 海外に直轄の土地を持つのも美味しくない」 「貿易を全部おさえられていますし、大陸に直接の領土を持つと国境を接してしまうからですね」 補給が切れた軍隊は戦う前に負けている。 大戦の轍は踏みたくなかった。 「押し寄せる帝国兵の波。 バッサン帝国は100人の兵を街に送り込んだ。自衛隊はたやすく皆殺しにした。 バッサン帝国は1000人の兵を街に送り込んだ。自衛隊は皆殺しにした。 バッサン帝国は1万人の兵を送り込んだ。自衛隊は弾の残りを心配し始める。 バッサン帝国は10万の兵を送り込んだ。自衛隊はジープの上で疲れ切っている。 バッサン帝国は100万の兵を街に送り込んだ。街の中はバッサン兵であふれている。日本はもう何もできない。 バッサン帝国は使者を送った。「降伏せよ。しないと次は本隊を送り込むぞ」 「何処の中華ジョークですか」 「バッサンはやりかねんぞ?無価値な拠点の竹島で9000人もの死者を出させた国だ」 「監戦官がいましたね。おかしな魔法や薬物洗脳も行っていました。人の命が安い国なのかもしれません」 人海戦術相手は厄介だ。 数を抑えるには一定数の数が要る。 数を揃えるのは日本は苦手だ。 海を挟んで大軍を維持するのも難しい。 「帝国と大陸でぶつかる可能性まで考慮して自衛隊を派遣する意味は?」 「純粋な意味での復興支援だよ」 理由を聞いて、悪魔とは彼の為にある言葉だろうと茂人は思った。
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第145話 マッカーサー軍猛然 1484年(1944年)6月19日 午前2時 ヘルベスタン領レミソンゴル マオンド陸軍第92歩兵師団第3連隊に所属するとある歩兵小隊は、モンメロより北西12ゼルド離れた町、レミソンゴル近郊の 森林地帯で息を潜めながら、街道を進軍するアメリカ軍部隊を監視していた。 小隊付き魔導士であるルイケ・ドルツゥーク曹長は、魔法で暗視能力が強化された目で、400メートル先向こうの木と木の間を 行くアメリカ軍車両を見つめている。 「姉貴、どうです?まだ多いですか?」 部下の軍曹が、彼女を渾名で呼んだ。 「多いわ。アメリカ軍の部隊を見つけて、かれこれ1時間以上になるけど、車列は一向に途切れる気配がない。」 「俺としては、あのアメリカ軍部隊は一層増えていると思いますよ。」 「ええ。あたしもそう思うね。」 ドルツゥーク曹長はそう言ってから頷いた。 1時間前に発見したアメリカ軍の車輌部隊は、途切れるどころか、ますます増えている感がある。 最初はジープやハーフトラックといった車輌が多かったのだが、今では戦車と呼ばれる鉄の塊が後から大量に続いている。 戦車部隊の列は、しばらくしたらまた途切れるのだが、少しばかりの間を置くと、また後から戦車部隊の列が連なってくる。 彼女は、車輌の数を200ほど数えたところでやめてしまった。多すぎて数え切れないためである。 「見た限りとしては、アメリカ人共は、最低でも2個師団規模の部隊をこの地区に投入しているな。」 彼女の側で、うつ伏せの格好で前を見ていた小隊長が、確信したような口ぶりで言った。 「先頭部隊は、レミソンゴルの町を抜けて平野部に出ているはずだ。俺の記憶が正しければ、攻撃はあと10分後に始まる。」 「攻撃・・・・ですか。」 ドルツゥーク曹長は、重苦しい口調で言う。 「あんな見た事もない武器を装備した敵に、果たして勝てる見込みはあるんでしょうか?元々、この近辺に配備されていた あたし達の師団ならまだしも、同じ54軍団を構成する第7重装騎士師団と第19歩兵師団は、ここから15ゼルド離れた 場所からろくに眠らずに移動してきています。そのため、この2個師団の将兵は疲労が思いのほか激しいと聞いています。こんな状態で」 「勝たないと行かんのだよ。」 小隊長が彼女の言葉を遮った。 「勝たないといかんのだ。敵の前衛部隊に対抗出来るのは、この54軍団と、北部地区の71軍団しかいない。この2個軍団で 敵の前衛を粉砕せねば、50万の友軍はこの狭い半島に閉じ込められる。そうなる前に脱出するか、あるいは、50万の将兵共々、 破滅を待つか。選択肢はこの2つしかない。」 「・・・・・・・」 彼女は押し黙ってしまった。小隊長の言うことは、痛いほどに良く分かる。 ヘルベスタン領西部地区に派遣されていた軍のうち、54軍団と71軍団が、アメリカ軍部隊と一番最初に交戦できる位置にいる。 ここで敵の進撃を破砕すれば、50万の将兵が脱出出来る機会が生まれる。だが、負ければ、包囲の輪は閉じられてしまう。 一番重要な戦区は、第71軍団が配備されているトペガラヌスであろう。 トペガラヌスは、モンメロより北30ゼルド(90キロ)の小さな町がある地域だ。 71軍団の3個師団は、北上中のアメリカ軍部隊と真っ向から対面する形で布陣している。 アメリカ軍部隊が、一日に50キロも前進出来たのは、マオンド側の配置部隊がほとんど無きに等しい物であり、17日未明に 第102歩兵旅団が独断で総攻撃を行った以外は、何ら抵抗らしい抵抗はなかった。 海岸地区に部隊を集中配備していたツケが回ってきた証拠である。 この快進撃を続ける敵部隊を相手に、第71軍団は戦わなければならない。 トペラガヌスを抜かれれば、アメリカ軍部隊の北進は更に続くだろう。 その一方で、第54軍団は西進し始めた新たな敵軍と戦おうとしている。 上陸してから3日間、アメリカ軍はひたすら北に進んでいたが、ここに来てようやく、西にも軍を差し向けてきた。 マオンド軍は、比較的守りやすく、戦力の集中しやすいレミソンゴルに部隊を配備しただが、ドルツゥーク曹長が言ったとおり、 3個師団のうち、2個師団の将兵は移動の際の疲労が抜け切れていない。 この2個師団は、部隊移動に伴う疲労も去ることながら、道中、幾度もアメリカ軍機の空襲を受けている。 そのため、実質的な戦闘力は、移動前の8割近くしかない。残りの2割以上は、移動中に戦死するか、負傷して戦闘力を失っている。 一応、部隊配備は完了しているが、このような部隊で勝てるかどうかは、誰が見ても怪しいと思うであろう。 だが、そこまでやらねばならぬほど、マオンド側は逼迫していた。 「苦しいだろうが、ここは我慢するしか無い。お偉方は、そう思って部隊を配備したんだろう。物事が決まった以上、俺達は従うしかない。」 彼女は、小隊長のその言葉に、諦めの口調が混じっている事を確信したが、余計な念は振り払って、元の監視任務に専念し始めた。 午前2時5分 レミソンゴル西方1マイル地点 第15軍司令官であるヴァルター・モーデル中将は、指揮車として乗っているM-8グレイハウンド装甲車の車体から身を乗り出して、 前進してくる味方部隊を見つめていた。 「最先頭は今、どこにいる?」 モーデル中将は、隣に座っている参謀長、サイモン・バックナー少将に尋ねた。 「最先頭部隊は、ここから1キロ先を前進中です。」 「ここから先には、やや高めの丘陵地帯があったな。」 「はい。丘陵地帯と言っても標高が最大で70メートル程度しかありません。それに、丘と言ってもなだらかです。」 モーデルは、バックナー少将の言葉を聞きながら、他の幕僚から地図を受け取った。 今回の作戦では、亡命ヘルベスタン人の協力を得て、ヘルベスタン領の精密な地図を用意して戦闘部隊に回している。 モーデルが手に取った地図も、その中の1枚である。 彼は、地図を4秒ほど眺めた後、とある地点を指さしながらバックナーに言う。 「確かになだらかだが、よく見ると街道をぐるりと取り囲むようになっている。私が指揮官なら、この丘陵地帯に部隊を 配備して、前進してくる敵を待ち伏せようとする。」 「一応、その事も予期して、先頭部隊には注意を促してありますが。」 バックナーはそう言ったが、モーデルはどこか釈然としない表情でじっと地図を見つめた。 「ううむ・・・・どうにも気になるな。」 「どうかされましたか?」 「・・・・・地図は・・・・確かによくできている。ただ・・・・何か胸騒ぎがする。」 モーデルは、ふと、何かを思い出したかのように、顔を宙に向けた。 1分ほど黙考した彼は、先とは打って変わった・・・・どこか観念したような表情を浮かべていた。 「そういえばな。私はある亡命ヘルベスタン人からおとぎ話を聞いたのだよ。」 「おとぎ話ですか?」 「ああ。半年前に聞いたんだが、内容はこうだ。ある日、山の近くにあるトノスカロイという村に、モンスターの 集団がやってきた。村人達は、掻き集めた武器で戦うが、衆寡適せず、散々に追い散らされてしまった。村人達を 追い払ったモンスター達は、畑を好き放題に荒らし回った。山の近くの洞窟に避難した村人達は、たまたま居合わせた 勇者に助けを求めた、勇者は二つ返事で了解し、早速村に巣くうモンスターを挑発した。挑発されたモンスターは激怒し、 逃げる勇者を追った。しばらくして、モンスター達は、村人達が避難する山の近くにやって来た。だが、肝心の勇者は どこにも居ない。その時は、真っ暗な夜だ。いきなり、1匹のモンスターが悲鳴を上げて倒れた。仲間がそのモンスター の安否を確認するが、既に事切れていた。モンスターは、勇者の仕業に違いないと見て懸命に探した。だが、探している 間に1匹、また1匹と討ち取られていった。そして、最後にボスモンスターが残ったが、このボスモンスターもまた、 討ち取られてしまった。ボスモンスターの最後に見たのは、昔からあったのか、上手い具合に隠れていた穴から出てきた 勇者の姿だった。そこで、モンスターは確信したんだ。俺達は、地下道が張り巡らされたその真上に誘い込まれたんだと。 それで、物語はハッピーエンドに向かう。君達アメリカ人が好きそうな話さ。」 「ハハハ。それは、とんだ間抜けなモンスター達ですな。で、どうしていきなりそんな話を?」 「ああ。実はね、その話に出てきた地域なんだが。とある地域の特徴をモデルにして作った話なんだ。」 モーデルはさりげなく。そして、背筋の凍る言葉を言い放った。 「そのモデルとなったのが、このレミソンゴルだ。」 真上を、無数の金属板を軋ませるような音が通り過ぎていく。 その振動で、足下が揺れている。揺れはさほどではないのだが、彼の足下は、その振動以上に揺れていた。 今すぐにも逃げ出したい恐怖に苛まれながらも、彼、ウドム・レトスル1等兵は屈んだ姿勢でじっと待ち続ける。 同じような姿勢で待ち続けるのは、彼だけではない。彼の後ろには、5人の仲間がいる。 彼と、その後ろの兵は、2人で1つの重い魔動銃を担いでいる。 この態勢で待ち続けて早2時間以上が経つが、不思議にも疲れは感じない。 唐突に、後ろから声がした。 「時間だ。」 分隊長の声だ。 レトスル一等兵は頷くと、姿勢を起こして、真上にあった偽装網を取り、地上に上がった。 地上には、アメリカ軍の車輌部隊が居た。それも、凄い数だ。 車輌部隊の周囲には、銃という武器を持った歩兵が多数歩いている。 丘の真上に、照明弾が煌めいている。その斜面には、砲弾の物と思しき炸裂の閃光がともる。 「敵さんはやはり、迂回してきたか。」 レトスル一等兵はそう呟きながら、戦友と共に思い魔導銃を設置した。 戦友が、魔法石を装填したのだろう、肩を叩いてきた。 ここから100グレル(200メートル)しか離れていない位置を進むアメリカ兵や車輌に照準を合わせる。 彼が魔導銃を撃ち始めたと同時に、他の場所からも爆発音や魔導銃の発射音が聞こえてきた。 魔導銃が、軽快な音と共に七色の光弾を吐き出す。 きらびやかな色で彩られた一条の筋は、アメリカ兵だろうが、トラックだろうが容赦なく薙ぎ払った。 15軍の先発隊を務めていた第45歩兵師団第415歩兵連隊は、突然の事態に混乱を起こしかけていた。 今まで、静かに前進していた415連隊は、いきなり前方や左右から無数の光弾や砲弾を浴びせられた。 先頭をゆっくり走っていたM-8グレイハウンド装甲車が直撃弾を受けて吹き飛び、周囲を歩いていた歩兵が、 いきなり撃ち出された光弾によってばたばたと倒される。 第415歩兵連隊第117歩兵大隊の指揮官であるマイク・フローゼンス中佐は、すぐに反撃しろと命じた。 歩兵大隊と一緒に付いていたシャーマン戦車が、火点を見つけるや容赦なく75ミリ砲弾を放つ。 それまで、七色のシャワーを浴びせていた敵の魔導銃とマオンド兵が、75ミリ弾の直撃によって粉々に粉砕された。 12.7ミリ重機関銃が、敵の火点に向けて反撃の銃火を浴びせる。 その魔導銃座と12.7ミリ機銃座は、しばしの間壮絶な撃ち合いを演じたが、軍配はアメリカ側に上がった。 マオンド兵は、12.7ミリ高速弾を顔面に受けるや、顔自体が吹き飛ばされ、すぐ側にいた予備の射手が慌てて逃げ始める。 その背中に機銃弾が突き刺さり、腹部に射入口よりも大きな穴が開いて大量の血と肉片、内容物が飛び散った。 「大隊長!奴らは地下から出てきました!」 唐突に、無線機から入ってきたその言葉に、フローゼンス中佐は耳を疑った。 「地下だと!?それは本当か!?」 「本当も何も、マイリー共は地下からぞろぞろ出てきていま・・・うわ!回避しろ!」 いきなり、無線機越しに何かかがぶつかる衝撃音が聞こえた。相手との交信はそれっきり途絶えた。 「くそ!こりゃえらい事になったぞ!」 フローゼンス中佐は忌々しげに叫んだ。 マオンド軍部隊の行動は、次第に大胆になってきた。 最初は魔導銃や野砲の十字砲火を浴びせてきたが、攻撃開始から5分が経つと、相当数の歩兵部隊がアメリカ軍に向けて突撃してきた。 歩兵部隊の先頭には、魔導士が操るゴーレムや飼い慣らされたキメラがおり、後に続く歩兵達よりも一足早く交戦を開始した。 キメラの1頭が、早速12.7ミリ機銃弾の集中射撃を受ける。歩兵師団に対空用として配置されている12.7ミリ4連装機銃は、 渾名の通りミートチョッパーと化して、迫り来るキメラを次々に引き裂いた。 「いいぞ!その調子で撃ちまくれ!」 ハーフトラックの陰で、M1ガーランドライフルを撃っていたグレン・フリング二等兵は、ミットチョッパーを操る兵士達に声援を送る。 その直後、どこからともなく放たれた火炎魔法が4連装機銃座を襲った。 それまで調子よく射撃を行っていたミットチョッパーが沈黙し、火炎をもろに浴びた射手や装填手が火達磨となって地面をのたうち回った。 火箭が薄くなったのを良いことに、キメラやゴーレム達が米軍の車列に雪崩れ込んでくる。 不運な歩兵が、キメラの強靱な顎に囚われ、あっという間に胴体を分断される。 そのすぐ側で、歩兵の上官と思しき軍曹が喚き散らしながらトミーガンを乱射する。 その背後からゴーレムが、硬い拳を振り上げ、一気に軍曹の背中を叩き付ける。 ゴーレムの巨体から繰り出された拳は、そのままの勢いで背中に当たり、ぐじゃりという気色悪い音を立てて体を叩き潰した。 そのゴーレムが、血まみれの石造りの拳でハーフトラックの操縦席を横合いから殴り壊し、横転させる。 フリング二等兵は、あっという間に戦友を虐殺したゴーレムとキメラに恐れを成して、その場から逃げようとしたが、横から飛んできた 光弾に頭を撃ち抜かれて即死した。 ゴーレムとキメラの後に続いて、軽鎧や甲冑を身に纏った歩兵達が雪崩れ込んできた。 彼らに対して、猛烈な銃火が浴びせられるが、ゴーレムやキメラが盾となるので、なかなかに倒せない。 この日、たまたまM1バズーカ砲を持たされていたゲルト・アーノルド軍曹は、トラックや装甲車を好き放題たたき壊しながら 進んでくるゴーレムやキメラを見て、敵愾心をかきたてた。 「野郎、調子に乗りやがって。俺が吹っ飛ばしてやる!」 彼は唸るような口調で言うと、後ろの相棒に顔を振り向けた。 「弾を込めてくれ!」 相棒は頷くと、後ろに味方いない事を確認してから、バズーカ砲の尾部にロケット弾を詰め込む。 弾を込め終わると、アーノルド軍曹のヘルメットを2回叩き、耳を押さえて、噴射炎を浴びぬように軍曹のすぐ側にうずくまった。 「くたばれ!」 アーノルド軍曹はそうわめくと、バズーカ砲をゴーレム目掛けて発射した。 ロケット弾は、白煙を引きながらゴーレムに向かう。 ゴーレムの頭に、ロケット弾が突き刺さった。その瞬間、石の装甲はあえなく砕け散り、魔導士が描いた後頭部の呪印も消滅した。 頭を失ったゴーレムは、そのまま前のめりになって倒れ込んだ。 次いで、後方から放たれた12.7ミリ機銃が、すぐ左にいたキメラをずたずたに引き裂いた。 ゴーレムやキメラが撃ち倒されても、後ろに居たマオンド兵の大軍は喚声を上げながら突っ込んできた。 「次弾装填!」 アーノルドは再び、相棒に向かって叫ぶ。指示を受け取った相棒がすぐさまロケット弾を装填し、軍曹のヘルメットを叩いた。 アーノルドは、ロケット弾を直接マオンド兵の群れに撃ち込んだ。 マオンド兵との距離は60メートルもない。何もしなければ、厳つい長剣や槍、弓矢で無残に切り刻まれるか、突き殺される。 部隊のほとんどの兵が、ありとあらゆる武器を使ってマオンド兵の突進を止めようとしていた。 発射されたロケット弾は、まず1人のマオンド兵の顔面を叩き潰した後に炸裂した。 炸裂の瞬間、周囲にいた10人余りのマオンド兵が殺傷される。その直後に、機銃やライフルの銃弾が嵐のように注がれる。 マオンド兵達はばたばたと撃ち倒されるのだが、数が多すぎた。 丘の向こう側から、赤紫色の照明弾らしきものが打ち上げられると、状況はますますアメリカ側に不利な物となった。 「軍曹!横合いからもマイリーが突っ込んできます!」 相棒が、恐怖に引きつった顔を浮かべながらアーノルドに言ってきた。 彼が横に振り向くと、側方からもマオンド兵と思しき歩兵の集団が走り寄ろうとしている。 一部の兵は魔導銃を持ったまま走っているのだろう、影の集団から所々、七色の火箭が味方部隊に向けて掃射されている。 「なんてこった!俺達は敵に嵌められたぞ!」 軍曹は、思わず叫んでしまった。 彼らの居る部隊は、丘陵地帯に布陣しているかも知れない敵の攻撃を避けるべく、南側から迂回して進んでいた。 だが、丘陵地帯の南側に近付いた途端に、部隊は敵の猛攻を受けてしまった。 連隊は、今やどれほどの規模のマオンド軍に襲われているのか見当が付かぬ状況だ。 「戦車は?戦車はどうした!?」 軍曹は、苛立つような口ぶりで叫びながら、辺りを見回す。戦車はすぐ近くに居たが、戦車は、丘の向こう側に向けて 砲を放っている。 その戦車の後方に、砲弾らしきものが炸裂して盛大に土煙が舞い上がる。 どうやら、戦車は敵の野砲と交戦中らしい。 「こりゃ、ひでえ戦になるぞ。」 アーノルド軍曹はそう呟くが、気持ちを新たにして、相棒にロケット弾の装填を指示した。 その頃、レトスル1等兵は、魔導銃を撃ちまくっていたところに、後ろから班長に肩を叩かれた。 「レトスル!俺達も突撃するぞ!」 「え!?」 彼は、班長の言葉に一瞬唖然となった。 「バカ!お前はあれが見えんのか!?」 班長は怒鳴りながら、丘のほうに指を向けた。丘の上空には、赤紫色の照明弾が灯っていた。 これは、全部隊突撃せよの合図である。 「突っ込むぞ!」 班長はそう言うと、3人ほどを引き連れて穴から飛び出した。見ると、他の穴からも味方が飛び出して、停止しているアメリカ軍部隊に向けて突っ込んでいく。 中には、重い魔動銃を持ったまま突撃する兵も居る。 「仕方ない。行くぞ!」 彼は、魔法石を装填していた装填手にそう言うと、腰の長剣を抜き放って突撃し始めた。 新たなマオンド兵の集団が現れた事に気付いたアメリカ軍は、幾人かが機銃や小銃をこのマオンド兵の集団に振り向けた。 見た事も無い敵の怪異な軍用車輌や歩兵から銃弾が撃ち込まれてくる。早速、4人のマオンド兵がこれに捕まって倒れる。 レトスル1等兵は、やや斜め前を走っていた味方が、いきなり胴体を切断されるのを目の当たりにした。 「なっ!」 彼は、あまりにも呆気ない味方の死に驚いた。そして、すぐに敵に対する怒りが沸き起こった。 (よくも味方を・・・・許せん!あいつらを皆殺しにしてやる!!) レトスル1等兵は、内心で絶叫した。アメリカ軍の車列はみるみるうちに大きくなっていく。 砲弾や魔法攻撃でやられたのか、炎上している車輌は少なくない。 周りの味方が、次々と銃弾で倒れていく。 すぐ左にいた、部隊の憧れの的だった女性兵士が腹や胸に銃弾を受けて昏倒した。右斜め前にいた小隊の中でも、 鬼軍曹として恐れられていたベテラン兵が、一瞬にして頭を吹き飛ばされ、10メートルほど走ってから前のめりに倒れる。 死は、新人だろうが、経験を積んだベテランであろうが、分け隔て無く訪れた。 アメリカ軍の銃火器の威力は凄まじく、草原は味方兵の死体で一杯になった。 だが、アメリカ軍はマオンド兵達を完全に阻止する事は出来ない。 レトスル1等兵は、幸運にも装填手と共にアメリカ軍の車列に雪崩れ込んだ。 1人のアメリカ兵が、慌てて銃に弾を込めようとしたが、諦めて殴りかかってきた。 銃床が思い切りレトスル1等兵の顔面めがけて振り下ろされる。レトスルは寸手の所で、長剣で受け止める。 ガキンという音が響いた。 「卑怯者のマイリーめ!死にやがれ!」 その赤ら顔のアメリカ兵は、レトスルを睨み付けながらそう喚き散らした。 「卑怯者はてめえらだ!アメリカ野郎!!」 レトスルは、懇親の力で銃床を払いのけると、鮮やかな動きでアメリカ兵を袈裟懸けに斬り伏せた。 右の肩から左の脇腹まで切り裂かれたアメリカ兵は、夥しい血を吹き出しながら仰向けに倒れた。 1人目を倒した所で、彼は自分に拳銃を向けていたアメリカ兵を見つけるや、腰にあった短剣を投げた。 短剣は、アメリカ兵の肩に突き刺さった。 痛みに顔を歪めたアメリカ兵は、それでも拳銃を撃ったが、狙いは完全に逸れていたため、レトスル1等兵には当たらなかった。 彼は、短剣を受けて痛みに顔を歪めるアメリカ兵に走り寄るや、その首を跳ね飛ばした。 一心不乱に戦い続けてからどれぐらいの時間が経ったか分からない。 気が付くと、彼は、10人ほどの戦友と共に、敵味方将兵の死体の群れの中に居た。 「なんか・・・・・随分静かになったな。」 レトスルは、周りを見渡しながらそう呟いた。周囲には、マオンド兵とアメリカ兵の死体がある。 残念ながら、死体の割合はマオンド兵の物が多いが、アメリカ兵も少なからず混じっている。 アメリカ側の遺体は、どこかを切断されたり、切られたりしているだけでそこそこ綺麗だが、マオンド側の遺体は、一方的に 銃撃を浴びた物が殆どであるから、体の部位が激しく損傷し、臓物をはみ出したり、首や胴体が千切れたり、顔が分からぬほど 破壊されている物がかなりある。 銃火器を持たぬ軍が、銃火器をふんだんに装備した軍に戦いを挑むとどうなるか・・・・ その恐ろしさを、レトスルは思い知らされた。 唐突にどこからから声が聞こえた。 彼らは、ぎらついた目付きで声がする方向を見た。 そこには、トラックの影から手を上げて出てきた3人のアメリカ兵が居た。 彼らはすぐさま、そのアメリカ兵達のもとに駆け寄った。 レトスルらが、彼らと目と鼻の先まで近付くと、3人のアメリカ兵は怯えきった表情で言った。 「た、助けてくれ。降伏する。」 普通ならば、それは当然の行為と言えよう。だが、彼らは降伏を求める相手を間違っていた。 「降伏・・・・だと?」 レトスルは、地鳴りのような声で言った。 「ふざけるな!!」 怒鳴るが早いか、レトスルは1人のアメリカ兵の腹に長剣を突き刺した。 それをきっかけに、10人のマオンド兵達は、降伏してきた3人のアメリカ兵を好き放題に突き刺し、あるいは切り刻んだ。 5分足らずで、3人のアメリカ兵は、返り血に塗れたマオンド兵達によって八つ裂きにされていた。 午前3時 レミソンゴル西方 第54軍団司令部 「軍団長。」 第54軍団司令官であるホム・ルズーク中将は、主任参謀の説明を聞いていた。 「第92歩兵師団は、敵部隊の阻止に成功しました。しかし、戦闘開始から既に50分が経過し、同師団の損害は甚大な物と なっています。敵は、新たに2個連隊規模の部隊を増援に送り込んで、92師団を駆逐しようとしています。彼らは依然、 勇戦していますが、このままでは押し切られてしまうでしょう。」 「損害が大きいのは痛い事だが、彼らは充分にやってくれた。」 ルズーク軍団長は、満足げな表情を浮かべた。 「しかし、あのアメリカ人共も間抜けな物だ。ここの特性を完全に把握しないで攻め込んでくるとは。」 レミソンゴルの町は、今でこそ人の居ない寒村であるが、元々は魔法石や稀少鉱物が取れる地域として栄えていた。 200年前の戦争で町全体が消失してからは、人口の少ない土地と化していたが、地下には、未だに膨大な鉱物資源が眠っている。 丘陵地帯周辺の地下には、戦争前にも細々と掘られた物も含めて、かなりの数の坑道が広がっており、それらは互いに連結している。 マオンド軍は、ここを地下要塞にする事を決め、秘密裏に要塞化を進めていたが、その最中にアメリカ軍の侵攻が始まった。 地下の要塞化は3割程度しか出来ていなかったが、それでも1個師団相当の兵力を隠せる事が出来た。 第54軍団は、まずアメリカ軍が丘陵地帯を避けて通るのならば、まずは南側を選ぶであろうと確信していた。 なぜなら、北側の平野は湿地帯であり、戦車と呼ばれる重量物の通行には適していない。 現に、マオンド軍が装備しているゴーレムですら、湿地帯では思うように行動できない。 アメリカ軍が南側を迂回するように通過しようとしたら、その南側の地下行動に主力を配備した第92歩兵師団が敵の虚を突く。 敵が前進を止めたならば、第92歩兵師団はもてる限りの兵力を持って敵に出血を強要し、残り2個師団の突入まで時間を稼ぐ。 敵はあらゆる手段を講じて、92師団を抜こうとするだろうが、54軍団はそこにつけ込み、乱戦に持ち込んで米軍を撃退する。 それが、54軍団の作戦方針であった。 地下に隠れていた第92歩兵師団は、おとぎ話である穴の中の勇者に出て来る勇者と同様に、アメリカ軍部隊が来るまでにじっと待っていた。 彼らが牙をむいた時、アメリカ軍の前進部隊は混乱に陥り、一時的には撃退する事に成功した。 だが、機械力に物を言わせたアメリカ軍は、次々に増援を送り込んで92師団の抵抗を排除しようとしていた。 しかし、92師団は、残りの2個師団が突撃できる時間を稼いでくれた。 アメリカ軍が、この地の特性を把握しきれなかったという点もあるが、今まで苦戦続きであったマオンド軍にとって、まずは良い勝負が 出来たと言える。 あとは、92師団の努力を無駄にせぬようにするだけであった。 「攻撃準備は完了しているかね?」 「はい。残りの2個師団共に意気軒昂です。特に第19歩兵師団の将兵は、今すぐにでも突撃させろと、しきりに喚いております。」 軍団長は思わず苦笑した。 「オーク兵は、いつも血気盛んだからな。特に、今回の戦では、鬱憤が溜まりまくっていたのだろう。」 第19歩兵師団は、オーク兵で構成されている。 オークは、人間と違って豚に近いような姿をしており、その外見からか嫌う人も少なくない。 しかし、兵士としては優秀であり、マオンド軍はこのオーク兵を大量に動員し、数々の戦争で活躍させている。 オーク兵の他に、ゴブリン兵も居るが、このゴブリン兵もまたオーク兵と同様に勇敢として知られている。 オーク兵部隊の攻撃は、通常の部隊よりも苛烈であり、何よりも、通常よりも分厚い長剣や棘の生えた鈍器を使った彼らの攻撃は強力無比である。 また、人間と比べて幾分か打たれ強いという特性も持っている。 そのような部隊に突入されれば、いかなアメリカ軍といえどたちまちのうちに壊乱するであろう。 「オーク兵達の鬱憤が爆発しないうちに、行動を起こすとするか。」 ルズーク中将は、半ば冗談めかした口調でそう言った。 彼は、初めてアメリカ軍を苦戦させている事(この時点で、92師団は壊滅状態になっているが)に愉悦を感じていた。 (フフフ。ここでアメリカ軍を撃退できれば、友軍部隊の脱出の可能性が高くなるだけではない。俺は、マオンド軍で初めて、 アメリカ軍を打ち破った名将として名を馳せられるだろう) ルズーク中将は、必死に笑みを抑えようとしていたが、彼の口元は不要意につり上がっていた。 第19歩兵師団のオーク兵達は、攻撃の時を今か今かと待ち侘びていた。 「師団長、攻撃はまだですか?」 師団長の階級章を付けたオークの少将が、幕僚から声を掛けられた。 「あと少しで攻撃命令が出るはずだ。魔導参謀!攻撃命令はまだか!?」 少将は、置くに引っ込んでいる魔導参謀に声を掛けた。魔導参謀からの返事はない。 「まったく、軍団司令部は何をやっておるのだ。早く突撃せねば、92師団は壊滅してしまうぞ。」 少将は、オーク特有の野太い声音でそう言った。 「まさか、軍団長は攻撃を渋っておられるのではありませんか?」 幕僚が、軍団長を咎めるような口調で言うが、師団長は首を横に振った。 「いや、渋ってはおらんだろう。今は92師団がアメリカ軍とやらを散々に引っ掻き回しておる。今ここで、 残りの2個師団が攻撃しなければ、92師団は犬死にとなってしまう。軍団長はそれを許さないだろう。」 師団長が断言したとき、魔導参謀が天幕の奥から飛び出してきた。 「師団長閣下!軍団司令部より攻撃命令であります!」 魔導参謀の報告に、師団長は鷹揚に頷いた。 元々がのんびりしたような面構えのオークであるために、その表情には余裕が溢れているように見えた。 「ようし、師団の全部隊に攻撃を命じよ!アメリカ軍とやらを残らず殲滅するのだ!」 師団長は、静かながらも威厳のある声音で命じた。 「わかりました!では、早速全部隊に伝えます!」 魔導参謀はそう言うと、慌てて奥に引っ込んでいった。 攻撃は、まず砲兵隊の砲撃から始まる。砲兵隊は、丘の西側に配備されている。 そのままであれば、目標を視認できず、砲撃が出来ないが、今回は丘の頂上に観測兵が陣取っているため、丘のてっぺんを 越えて敵に砲弾を浴びせられる。 マオンド側の野砲は、30口径4ネルリ砲であり、射程距離は3700グレルほどである。 現在、アメリカ軍部隊は丘陵地帯から600グレル離れた南の旧坑道地帯で交戦している。 砲戦部隊は、味方撃ちを避けるために、交戦地域から後方を走って居るであろうアメリカ軍の増援部隊か、砲兵部隊を目標に撃つ。 観測兵には、優秀な魔導士が付けられているため、弾着観測は充分にできる。 丘の頂上に陣取っていたペスコ・ウィーリグム軍曹は、交戦地域から東に1500グレルの所で、交戦地域に向かっている新たな アメリカ軍車輌部隊を見つけた。数からして大隊規模だろう。 「こちら観測隊。交戦地域より東1500グレルの所をアメリカ軍車輌部隊が急行中。援軍だ。」 「こちら砲兵隊、了解した。」 魔導士の頭の中に、砲兵隊に付いている魔導士から返事が入る。 ふと、望遠鏡を覗いていた班長が、魔導士の袖を引っ張った。 「おい。」 「班長、どうかされましたか?」 「・・・・・何か聞こえないか?」 班長はそう言いながら、とある一点に指をさす。 魔導士は、班長が指した方向を見るなり首を捻った。そこは、交戦地域からは逆の南西側の方向であった。 彼は自らの視力に暗視能力と望遠能力を高める魔法を使い、言われた方角をじっと見つめる。 「・・・・・・・!」 魔導士は、見てはならない物を見てしまった。 「・・・・そんな!」 魔導士の突然の反応に、班長は何が起きたのかさっぱり理解できなかった。 「どうしたんだ?」 班長がそう言った時、南西側の方角で発砲炎らしきものが煌めいた。 丘の反対側・・・・いや、正面側の上空で照明弾が煌めいた。 「ほほう、こいつはまた、豪勢な物だなぁ。」 第18機甲師団第51戦車連隊所属の第1戦車大隊指揮官であるクルト・アデナウアー中佐は、指揮戦車のハッチから 双眼鏡越しに、整列した部隊を見つけていた。 第1戦車大隊は、パンツァーカイル隊形で進撃している。第1戦車大隊の後には、51連隊の他に、52戦車連隊、 71機甲歩兵連隊、第29機甲砲兵大隊が続いている。 第18機甲師団の主力が、第1戦車大隊の後から続いている形となっているが、彼らの任務は、丘陵地帯の反対側で 待ち構えている敵の大部隊を捕捉し、撃滅する事である。 距離は、目測で1500メートルほどであろう。 「大隊長!停止命令です!」 無線手がアデナウアー中佐に報告してくる。頷いた彼は、全部隊に停止を命じた。 第1戦車大隊の全戦車がスピードを緩め、やがては停止する。 後方の機甲砲兵大隊の自走砲が発砲を開始した。砲弾は、整列していた敵部隊に目掛けて落下していく。 砲弾が次々と炸裂し、照明弾の下の敵部隊に混乱が見られる。 そのまま10分ほど砲撃が続く。 「師団司令部より通信。突撃せよです!」 「了解!全車に告ぐ。これより、敵陣に突撃する。前進再開!」 アデナウアー中佐は、大隊の全車にそう告げると、再び戦車を進ませた。 数十台以上のM4シャーマンが一斉に前進する様子は、まさに大地を圧する鉄牛の群れを思い起こさせる。 シャーマン戦車が、敵部隊まであと1000メートルに近付いたとき、砲弾が周囲に落下してきた。 ドーン!という炸裂音と共に、車体が揺れるが、さほど大きな揺れではない。 「敵の弾はだいぶ外れている。敵さん、さては相当慌てているな。」 アデナウアー中佐はそう言いながら、脳裏にとある光景を浮かべた。 今から総攻撃を仕掛けようとした矢先に、突然後方に現れた大戦車部隊。 強かに砲撃を食らって、小さくない手傷を負ってしまった上に、無数の戦車が全速で突っ込んでくる。 主立った対戦車兵器を有していない敵部隊にとって、後方から押し寄せてくる戦車の群れは、死に神の群れに等しいであろう。 敵の砲撃は依然続くが、マオンド側の動揺を代弁するかのように、砲弾はいずれも見当外れの位置に着弾している。 敵部隊との距離が800を切ったところで、アデナウアーは射撃を命じた。 第1戦車大隊の各車がアデナウアーの指示通りに停止し、75ミリ砲を放つ。 自走砲隊の射撃によって散々に撃ちまくられていた敵部隊は、この砲撃によって更に痛み付けられた。 敵の野砲陣地も、戦車部隊に向けて砲を放つのだが、その野砲陣地も、後方の自走砲から砲撃を浴びせられた。 敵の野砲は、自走砲が射撃を行う度に1門、また1門と、ろうそくの火が消えるように1つずつ、確実に潰されていった。 シャーマン戦車は、前進、停止、砲撃を繰り返す打ちに、敵部隊に迫っていった。 いきなりの敵戦車部隊出現、そして猛砲撃に混乱していたマオンド軍部隊は、右往左往するうちにシャーマン戦車に突っ込まれる。 シャーマン戦車は、同軸機銃を撃ちまくりながら逃げ惑う敵の集団を追い回した。 とあるオーク兵が、勇敢にも戦車に飛び乗ったが、別の戦車から機銃掃射を受けて撃ち落とされ、地面に転がされる。 苦しさのあまりもがいていると、後ろからやって来たシャーマン戦車のキャタピラに轢かれ、即死した。 また、別のオーク兵が、装備していた手製の爆弾をシャーマン戦車にぶつけて炸裂するが、手榴弾程度の威力しかない手製爆弾では、 戦車の分厚い装甲を破れない。 逆に同軸機銃を撃ち込まれ、反撃したそのオーク兵は体中を蜂の巣にされて昏倒した。 戦車は、第19歩兵師団のみならず、第7重装騎士師団にも襲い掛り、そこでもマオンド軍部隊を蹂躙していた。 午前7時10分 アメリカ第15軍司令部 「司令官、戦線は落ち着きを取り戻したようです。」 参謀長のサイモン・バックナー少将は、軍司令官であるヴァルター・モーデル中将にそう報告した。 「やれやれ、一時はどうなるかと思ったぞ。」 モーデル中将は、モノクルをハンカチで吹きながらバックナーにそう返した。 「機甲師団は、敵の攻撃主力を破砕したようです。軍司令官の決断は正しかったですな。」 「なに。当然の事だよ。」 モーデルは、特に何の感情も表さずに言う。 彼は、第45歩兵師団の前衛部隊が敵の奇襲を受けたという報告を受けたとき、すぐに第18機甲師団を丘陵地帯の反対側へ、 それも戦域を迂回させる進路で突撃させよと命じた。 いかな近代装備の軍とはいえ耐えきれません!ここは今戦っている戦域に、増援の戦車を送るべきです!」 幕僚達は、モーデルの意見に反対した。戦闘は目の前で起こっているのに、そこを迂回して敵が居るかどうかも分からぬ丘陵地帯の だが、モーデルは命令を撤回しなかった。 「諸君らは、交戦地域に増援を寄越すべきだと言っているが、それこそ、敵の思うつぼだ。マオンド軍部隊は、地下から這い出して 45師団を攻撃して、必ず後詰めの部隊を後方に展開させている。ここに増援を送り込んでも、戦況は思ったよりも変わらんだろう。 我々は延々と、敵の抵抗に付き合わされる事になる。敵の抵抗を破砕するには、機甲師団の特性を生かして敵の背後に周り、 そこから徹底して攻撃すべきだ。」 モーデルは一旦言葉を区切ってから、一言だけ言う。 「いかなる火事でも、火元を経てば自然に火は弱まる。今起こっている事に対しても、それは同じだよ。」 かくして、モーデルの鶴の一声で、第18機甲師団は迂回進路を取りながら、敵の背後に回った。 そして、その策は見事に当たった。 丘陵地帯の反対側で待機していたマオンド軍の攻撃主力は、今しも出撃を開始した時に第18機甲師団の攻撃を受けた。 意表を突かれたマオンド軍攻撃主力は、混乱のうちに戦車部隊に突っ込まれ、最終的には退路を絶たれてしまった。 マオンド軍は、それでも必死に抵抗したが、近代装備の軍が相手では、その抵抗も尻すぼみとなっていった。 そして、戦闘開始から5時間足らずで、マオンド軍部隊は狭い丘陵地帯に包囲され、降伏か、全滅かの瀬戸際に追い込まれていた。 「しかし、敵軍の一部が地下に籠もっていたとは・・・・・」 「この地図が、もっと正確に作られていれば、今日の戦いは無為に犠牲を出さずに済んだのだが・・・・・」 モーデルは、どこか悔しげな口調で言った。 地図は、確かによく出来ていた。出来ていた筈だった。 損害状況に関しては、まだ正確な知らせが届いていないが、先行していた第45歩兵師団の先頭部隊は相当な損害を被ったという。 軍司令部に送られた情報の中では、1個中隊が丸々全滅したという未確認情報も入っている。 敵に与えた損害は、第15軍が被った損害よりも遙かに大きいかも知れないが、いずれにしろ、レーフェイル派遣軍は上陸3日目にして 初めて大きな損害を受けたのである。 「ですが、軍司令官の判断はお見事です。第18師団の主力を敵の後方に回していなかったら、今頃はもっと大きな損害を受けていた ことでしょう。戦闘が長引けば、敵のワイバーンもやってきたでしょうから。」 バックナーは、素直にモーデルを感心していた。 突然の事態に、半ば混乱しかけていた軍司令部の中で、ただ1人、モーデルだけは冷静だった。 (火消しのモーデルと名付けられたのも頷ける) バックナーは、改めてモーデルの剛胆さを見せ付けられたような気がした。 第54軍団の総反攻は、最初こそ順調に進んだ物の、実戦経験豊富なモーデルの判断によって54軍団は大損害を出し、最終的には軍団 そのものが壊滅状態に陥った。 戦力の過半を喪失した54軍団は、その後2日にわたって抗戦を続けたが、物量に勝るアメリカ軍に押され、6月22日に降伏した。 一方、北のトペラガヌスでもまた、激しい戦いが繰り広げられたが、アメリカ軍は第71軍団の守備地域を第31軍団に包囲させたまま迂回するや、 そのまま北進していった。 第71軍団は、翌20日から21日にかけて、護衛空母の艦載機や陸軍航空隊の集中爆撃を受け、戦力の大半を喪失。 第54軍団が降伏した翌日に、第71軍団司令部は最後の総攻撃を命じ、71軍団は玉砕した。
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第124話 激震のマオンド 1484年(1944年)4月5日午前7時 マオンド共和国領ユークニア島 その日、ユークニア島上空の天気は、雲量は多いが普通の晴れ模様であった。 ユークニア島は現在、陸軍第72軍団の2個師団と、2個空中騎士団が駐屯している。 本来であれば、ユークニア島には、この2個師団と2個空中騎士団以外にも戦力はあったのだが、第72軍団は、1個師団が 後方の部隊と交代するため、本土に出掛けているため今は2個師団のみである。 2個空中騎士団は、さほど戦力は変わらない。 この島の特徴と言えば、ベグゲギュスの飼育、並びに発着場であるという事だ。 偵察、攻撃に使える万能生物兵器ベグゲギュスを飼育し、実戦投入していた部隊が、元々この島にいた。 だが、ベグゲギュスを運用していた第61特選隊は、2ヶ月前からこの島に居ない。 今はただ、残された洞窟施設を、急造の防御陣地に変えんと、日々作業にいそしむマオンド兵の姿があるだけだ。 第51歩兵師団に所属するとある大隊長は、のん気にだべりながら作業場に向かう兵士をみつけると、 「こら!無駄口たたいてないで早く歩け!」 と言って、その兵の反応を見て楽しんでいた。 どこにでもいる嫌な上司である。 兵隊達をいびり回している大隊長もまた、表面上は厳しくしながらも、内心ではいささかだらけていた。 (ふん、今日もつまらん作業か。全く、いつまでこんな日が続くのやら) と、不満をつぶやきつつ、ストレス解消のため部下を再びいびろうとした。 この時、馬が猛スピードで作業場に向かう兵達の隊列を突っ切った。 辛くも、数人の兵が咄嗟に避けて、馬との衝突を避けた。 「バカヤロー!!どこ見て走っているんだ!?」 避けた兵数人が、馬上の人物に向かって罵声を放ったが、馬上の人物は振り向きもせず、軍団司令部の天幕まで走って行った。 天幕の側で、馬上の人物は慌しく下りた。そして、これまた慌ただしい動きで司令部天幕の中に入って行った。 「ご苦労なこった。」 大隊長ははき捨てるように言うと、部下達の監視を続けた。 それから2分も経たないうちに、異変は起きた。 「・・・・大隊長。」 いつの間にか、歩み寄って来た副官が、大隊長を呼びかけた。 「ん?どうした?」 「何か、音が聞こえませんか?」 「音?」 大隊長は怪訝な表情で言う。彼の耳には、聞き慣れぬ音が小さく響いていた。 「ふむ、確かに聞こえるな。」 大隊長は、何気ない口調で副官に言ったが、いきなり、隊列の所でガラン!という音が聞こえた。 大隊長は隊列に目を向ける。 そこには、何故か目を見開いて、しきりに体を震わせる兵隊が居た。 「おぃ、どうした?」 「体の具合でも悪いのか?」 前後に居る仲間達が、急に震え始めた兵隊を気遣う。 しかし、兵隊は仲間達の質問に答える事無く、そのまま震え続ける。 「おい!何事か!?」 大隊長は、大声を上げながら近付いた。 ふと、彼はこの兵隊が、以前はゲンタークル駐留の部隊に居たと言うことを思い出した。 「来る・・・・・奴らが・・・・・来る!」 その兵隊は、怯えた目つきで周りの仲間に言い始めた。 「来るぞ!悪魔がやって来るぞ!!」 「おい貴様!何をしている!!」 さかんにわめき立てる兵隊に向かって、大隊長は顔を真っ赤にして怒鳴った。 「体が悪いのか!?それとも仕事をさぼりたいのか!?どっちだ!」 「大隊長!奴らです!奴らが来ます!!」 いきなり、その兵隊は大隊長の両肩を掴んで訴えた。 (もしかして、気が狂ったのか?) 大隊長はそう思いつつも、先ほどの音が、かなり大きくなっている事に気が付いた。 「奴らだと?幽霊か魔物でも見たのか?」 「そいつのほうがよっぽどマシです!」 兵隊は、恐怖に血走った目で大隊長を凝視した。 「アメリカ軍です!アメリカ軍の飛空挺が襲って来ます!」 その兵隊が裏返った声音で叫んだ瞬間、唐突にワイバーン基地から飛び立ったと思われる戦闘ワイバーンが、超低空飛行で上空を通過していった。 1騎や2騎ではない。5騎、6騎、7騎と、意外と大目の数のワイバーンが、いかにもあわてふためいたように飛び立っていく。 「空襲警報!空襲警報!」 司令部天幕から、伝令が馬に跨って、大声で叫びながら駆け抜けていく。 「なんということだ・・・・・」 大隊長は、まさかアメリカ軍の空襲を受けるとは思っていなかった。 いや、空襲のための訓練は何度かやっているから、全く覚悟していない訳では無いのだが、上層部は、アメリカ側がこのユークニア島に来るのは、 早くても6月であると判断し、それを各部隊に通達していたため、末端の兵士までもが、6月まではアメリカ軍は来ないと思い込んでいた。 そこへ、いきなりアメリカ軍機来襲の報が入ったのだから、彼らにとって、この空襲は予想外の出来事であった。 「おい!急いで戦闘配置に付け!」 大隊長は、上ずった声で部下達に命じた。 ユークニア島には、第12空中騎士団と第14空中騎士団が駐屯している。 真っ先に迎撃ワイバーンを飛ばしたのは第12空中騎士団であったが、最初のワイバーンが飛び出した時には、アメリカ軍機はユークニア島の 西10マイル地点にまで迫っていた。 空中戦は、上空に占位した者が優位となる。 アメリカ軍機は、その常識を第12空中騎士団の迎撃ワイバーンに身を持って教えた。 迎撃ワイバーンが高度2000メートルまで上がった時には、制空隊のF6F、F4U多数が急降下で迫っていた。 この時、第12空中騎士団から発進したワイバーンは24騎士。 それに対して、迎撃隊に襲い掛かった米戦闘機隊は、実に60機以上もいた。 勝負は、この時点で決していた。 もし、マオンド側がアメリカ軍機に優位な体制で戦闘を開ため始していたら、いくらかは善戦出来たであろう。 だが、現実は悲惨であった。 F6F、F4Uは12.7ミリ機銃を乱射する。数が多いため、襲って来る機銃弾の数も半端な数ではない。 迎撃ワイバーンが10発撃つ間に、米戦闘機隊はその10倍の機銃弾を撃ち放っていた。 第一撃目で、あっという間に8頭の戦闘ワイバーンが撃墜される。 一方、アメリカ側は10機が被弾したが、いずれも軽傷で済んだ。 少数の迎撃ワイバーン隊が、圧倒的多数のF6F,F4Uに追い回されている間、別の戦闘機隊は、攻撃隊に先駆けてワイバーン基地に襲い掛かった。 ワイバーン基地には、発進を急ぐ迎撃ワイバーンや攻撃ワイバーンがひしめいていた。 どの竜騎士も、整備兵も顔に焦燥を滲ませながら、大慌てで出発を急がせている。 いきなりの空襲にだれもが驚き、普段なら普通にこなせるはずの動作も、この時に限って失敗を連発し、余計に仕事が増えてしまう。 基地内はてんやわんやの大騒ぎだ。 そこに、30機近いヘルキャット、コルセアが突っ込んで来たのだからたまったものではない。 いつの間にか迫っていたアメリカ軍機が、両翼から機銃弾を撃ち出して来る。 機銃弾がミシンがけをするように地面へ降り注ぐ。 被弾したワイバーンが体中から血を噴出し、悲鳴を上げる。 竜騎士の胴体に機銃弾が命中するや、体があっけなく千切れとんだ。 勇敢な兵が、魔道銃に取り付いて応戦するが、その銃座も、横合いから突っ込んできたコルセアの機銃弾をしこたま振るわれ、 応戦開始から1分足らずのうちに沈黙した。 別のヘルキャットは、司令部らしき建物を見つけるや、そこに機首を向けて、機銃弾を叩き込んだ。 今しも、官舎から逃げ出してきた騎士団の司令や幕僚が、真正面から12.7ミリ弾の洗礼を受け、幕僚共々機銃弾に貫かれ、一瞬のうちに戦死した。 別のヘルキャットの小隊は、逃げようとする馬車や、キメラの部隊を見つけるや、これに襲い掛かった。 4機のヘルキャットは、入れ替わり立ち代りこの敵に攻撃を加え、ものの数分でただの動かぬ物体に変えた。 戦闘機隊が派手に暴れ回っている所に、高空から艦爆隊が基地の上空に侵入してきた。 ワイバーン基地攻撃を任されたのは、空母イラストリアスとベニントンから発艦した40機のSB2Cヘルダイバーである。 40機のヘルダイバーは、高度4000メートルから小隊ごとに急降下を開始した。 既に、対空砲火はほとんど制空隊が潰してくれたが、それでも、生き残っていた高射砲や魔道銃が射撃を加えて来る。 撃つ側は、それこそ必死の形相で応戦しているのだが、ヘルダイバー隊の搭乗員から見れば、それはささやかな抵抗にしか見えなかった。 ヘルダイバー隊は、そのささやかな弾幕をあっさりと突き抜け、高度700メートルま出降下するや、次々と爆弾を投下した。 執拗な銃撃の中、ようやく発進しようとしていた攻撃ワイバーンの隊列に、容赦なく1000ポンド爆弾が叩き込まれ、一気に6頭のワイバーンが吹き飛ばされた。 爆弾は、ワイバーン発着場、司令部官舎、ワイバーン宿舎と、基地の重要施設に次々と命中して言った。 ワイバーンの宿舎に1発の1000ポンド爆弾は命中するや、縦長の宿舎は、真ん中から紅蓮の炎を吹き上げて、文字通り真っ二つに断ち割られた。 1発で使用不能に陥れられた宿舎に、続けて2発、3発と、容赦なく爆弾が落下した。 至近弾となった爆発は、その炸裂に伴う爆風で建物の側壁をごっそり削り取る。 直撃弾はただでさえ被弾で脆くなった宿舎を、木っ端微塵に吹き飛ばした。 ヘルダイバー隊が爆撃を終えると、今度はアベンジャー24機がやって来て、3発ずつ500ポンド爆弾を投下した。 ワイバーン基地が使用不能に陥るまで費やされた時間は、僅か15分であった。 攻撃を受けているのはワイバーン基地のみではない。 別のコルセアやヘルキャットは、洞窟に向かう隊列を見つけるや否や、すぐに接近して銃撃を浴びせた。 大隊長は、後方から翼の折れ曲がった飛空挺2機が接近して来るのが見えた。 彼はすぐに前を向き、前を走る部下達に向かって伏せろ!と言おうとしたが、その言葉が口から出る直前に、耳の側を何かが通り過ぎた。 何か熱いものが耳のすぐ側を飛び抜けた、と思った時には、目の前で部下達が、降り注いだ機銃弾によってばたばたと打ち倒された。 土煙が上がり、それに赤い血飛沫も混じる。機銃弾に撃たれた兵の悲鳴が木霊する。 吹き上がる土煙が、急速に前へ突き進み、その土煙に捕まった者は、四肢を千切られるか、あるいは体に風穴を開けられ、運悪く死に 損なったものは、今までに感じたことの無い苦痛にもだえ苦しんだ。 上空を、3機のコルセアが轟音を上げて通過していく。 大隊長は、機銃弾が耳の側を掠めた直後、微かに意識が朦朧となった。 彼は知らなかったが、至近を通過した12.7ミリ弾の衝撃波によって、軽い脳震盪を起こしていた。 3機のコルセアは10秒だけ、隊列に機銃掃射を加えた。 たった10秒だけだ。 しかし、3機のコルセアが行った機銃掃射は、大隊長の部隊に夥しい犠牲者と負傷者を出していた。 きがつくと、70人以上の兵が地面に倒れ付している。 事切れている者、苦痛に呻く者があふれ返り、洞窟に続く街道はまさに修羅場と化していた。 その負傷者達に、無傷の兵が介抱しようとしているが、大隊長は上空を乱舞するアメリカ軍機にずっと見入っている。 ワイバーン基地のある方角は、既に黒煙に包まれていた。 ワイバーン基地には、総計で230騎のワイバーンが駐留していた筈だ。 その多数のワイバーンは、まともに上がれないうちに基地ごと叩かれたであろう。 (なんてことだ・・・・・奇襲でワイバーン隊が全滅・・・・そして、地上部隊も散々叩かれている。俺の部隊だけで、一瞬のうちにこれだけの被害が出ちまった。 あんな装備を持つ敵に対して、俺たちの武器は・・・・・・) 大隊長は、早くも戦意を失いかけていた。 午前7時30分 ユークニア島西230マイル地点 第7艦隊旗艦重巡オレゴンシティ 「敵ワイバーン基地攻撃成功、効果甚大。」 「迎撃ワイバーン12騎撃墜、味方の被害はF4U2機、F6F1機喪失。」 「敵地上部隊多数に被害を与えり、戦果は不明ながらも、効果大の模様。」 「沖合を航行中の敵輸送船団を爆撃、敵船1隻を撃沈せり。」 第7艦隊旗艦であるボルチモア級重巡洋艦のオレゴンシティ内部の作戦室では、ユークニア島攻撃に向かった第1次攻撃隊の報告が 次々と入って来た。 「長官、第1次攻撃隊は敵の虚を衝いたようですね。」 第7艦隊参謀長であるフランク・バイター少将は、隣で腕組をしながら戦況報告を聞き入っていた第7艦隊司令長官、オーブリー・フィッチ大将に言った。 フィッチ大将は、その柔和そうな顔をやや硬くしていたが、その表情が僅かばかり緩んだ。 「うむ。迎撃してきたワイバーンの数が少ない事から見て、ほぼ奇襲に近い状態で攻撃をかけられたのかも知れんな。」 「私としては、ここまで上手く言ったのが不思議なぐらいですな。」 横から、情報参謀であるウォルトン・ハンター中佐が怪訝な表情で言ってきた。 「マオンド軍が、ベグゲギュスという生物兵器を使用している事はご存知かと思われますが、我々は、敵の迎撃を受ける事を前提で攻撃隊を飛ばしました。それなのに、敵さんの寝込みを襲うような形で攻撃は成功してしまった。マオンド軍は、常に我々が侵攻して来るのを恐れ、日々警戒していたはず。なのに、こうもあっさり敵の根拠地に近付けてしまうとは・・・・」 ハンター中佐は、どこか拍子抜けしたような口ぶりである。 「策敵機からは、まだ何も言って来ないかね?」 フィッチは、航空参謀のウェイド・マクラスキー中佐に尋ねた。 「いえ、今の所報告はありません。静かな物ですよ。」 マクラスキー中佐は苦笑しながら答えた。 「罠・・・・という手は考えられませんか?」 バイター少将が、幾分躊躇いがちな口調で、フィッチに言う。 「罠だと?」 「はっ。もしかしたら、マオンド軍は我々がユークニア島攻略に集中している間に何かを仕掛けてくるかもしれません。 考えられる手は幾つかあります。1つは、例のベグゲギュスという生物兵器を大量に押し立てて、輸送船団を攻撃するか、 2つは、ベグゲギュスと主力艦隊でもって、機動部隊及び、輸送船団を攻撃するか。一番厄介なのは、2つ目です。」 「ベグゲギュスのみならば、高速駆逐艦や哨戒機の大量投入で何とかできるが、2つ目ならこっちも主力を率いて 対抗しなければならないからな。そうなると、隙が生じて輸送船団に被害が続出してしまう。」 第15軍を護衛している第73任務部隊は、旧式戦艦3隻、護衛空母12隻、駆逐艦32隻、護衛駆逐艦32隻で編成されている。 この艦隊で、第15軍5個師団が乗る輸送船480隻を援護しなければならない。 ベグゲギュスのみであれば、TF73のみでもなんとか対抗できるであろうが、これに敵艦隊が加わればかなり危険な状況に陥る。 下手すれば、第2次バゼット海海戦の夜戦時に起きた悲劇を、アメリカ軍自らが所を変えて体験することになる。 そうなれば、アメリカのレーフェイル侵攻は序盤で頓挫してしまう。 フィッチとしては、そのような事も考慮して、機動部隊と護送船団との距離はなるべく開けないようにしている。 現在、機動部隊と護送船団との距離は、僅か100マイルであり、夜間には70マイル程度にまで縮まる。 これは、一見危険なことではあるが、緊急時には機動部隊からも高速艦艇が派遣出来るため、合理的な方法でもある。 とはいえ、現在の状況で敵に出て来られたら厄介な事に変わりは無い。 「事前攻撃は、ひとまず3日間と決めていたのだが・・・・・」 フィッチはそこまで言ってから、しばし黙った。 「長官。戦場と言う場所では、事前の取り決めも覆さねばならない、という事もあります。」 バイター少将が意見具申をして来る。 「輸送船には、まだ第15軍の将兵がおりますが、敵はこの輸送船団を最優先目標として狙ってくるかもしれません。 そうであれば、3日間の事前攻撃という取り決めは、今では逆に作戦に支障を来たしかねない要因になりつつあります。 上陸部隊がユークニア島に乗り上げる前に、船ごと叩き沈められるよりは、陸に上げて戦わせた方が良いでしょう。」 「参謀長、つまり、君は陸軍部隊の上陸を早めろ、と言いたいのだな?」 フィッチの問いに、バイター少将は頷く。迷いは全く見られなかった。 「しかし参謀長、第15軍を陸に下ろした後、予想される敵艦隊との決戦で・・・・あまり言いたくはありませんが、もし、 第7艦隊が敗退すれば。陸に貼り付けられているだけの第15軍はどうなります?艦隊が撤退する時、船の上に居ない陸軍部隊は 置き去りにされてしまいますぞ。」 バイター少将の意見に対して、マクラスキー中佐が噛み付いて来た。 「ならば、君は陸軍の将兵に輸送船ごと沈めと言うのかね?彼らは陸兵だぞ?本来、死に場所ではない海の上で、無様に死なせては 申し訳がたたんだろうが。そのような恥ずかしいことは出来ん。」 「その陸兵達を見殺しにして撤退する事は、もっと恥ずかしい事です!」 2人の議論は、しまいには怒鳴り合いと化した。 バイター少将とマクラスキー中佐は、共に優秀な士官である。 バイター少将は開戦前までは基地航空隊の司令を勤め、開戦から3ヶ月が経った後は、ニュートン少将(現大西洋艦隊司令長官)の 機動部隊で航空参謀として配属され、ニュートン少将を補佐している。 その後は本土に戻り、海軍教育飛行隊の副司令を勤め、44年1月に、新編成の第7艦隊参謀長に任命されている。 一方、マクラスキー中佐は、開戦前から空母エンタープライズの艦爆隊長として数々の海戦を経験し、43年5月からは、本土の 練習航空隊で教官として活動し、44年1月に第7艦隊航空参謀として抜擢された。 2人とも、前線の修羅場を潜り抜けた優秀な海軍士官なのだが、考え方に違いがあるためか、会議の際は、こうしてよく議論を戦わせている。 フィッチは、見かねて2人の議論を止めにはいった。 「おいおいおい。2人とも、そこで一旦話しをやめてくれんかね?」 「すいません。」 「申し訳ありません。つい熱くなってしまって。」 それまで、熱論を繰り広げていた2人は、フィッチの言葉を聞くなり、あっさりと引き下がった。 「実は、私はある作戦を考えている。とは言っても、サマービル提督からの受け売りなんだが。」 フィッチはそう言ってから、自らの考えた案を、幕僚達に説明した。 午後4時30分 マオンド共和国首都クリンジェ アメリカ第7艦隊司令部は、マオンド艦隊がどこかで備えているであろうと思い込み、盛んに議論を重ねていた。 第7艦隊司令部が恐れているのは、マオンド艦隊の計略によって輸送船団が壊滅させられ、上陸作戦が頓挫すること。 あるいは、艦隊決戦に敗北する事である。 アメリカ海軍のとある士官は、マオンド艦隊には新鋭艦が多数配備され、よく訓練されている。 そのため、グラーズレット沖海戦の雪辱を果たさんと向かって来る彼らの実力は、侮れないであろう、と。 それほどまでに、アメリカ側はマオンド艦隊を強く警戒していた。 確かに、マオンド海軍はアメリカ海軍を強く意識し、いずれはその仇を討ってやると決め、訓練もとりわけ厳しく行われた。 そのため、錬度も申し分無いほどまで上がり、最近編成されたばかりの竜母部隊も、腕利きばかりを集めた事もあってか、訓練は順調に進んだ。 上層部は、今年2月に行われた大演習で、各艦隊の錬度のよさに満足し、 「これなら、アメリカ海軍相手でもいい勝負が出来る」 と自信満々に言った。 だが、そんなマオンド海軍上層部ですら、ユークニア島守備隊の将兵が言ったように、突然のアメリカ機動部隊襲来に仰天していた。 そんな中、全閣僚の緊急招集がかけられた。 首相のジュー・カングは、全閣僚が集まったの確認するや、玉座に座るブイーレ・インリク国王に頷いた。 「諸君!忙しい中、急に呼び付けて申し訳ないが、今日は緊急の事態が発生したため、君達に召集をかけた。ジュー。」 インリク国王は、カング首相に目配せする。カング首相は、突き出た腹を重そう揺らせながら立ち上がった。 「本日早朝、わが国の領土であるユークニア島にアメリカ軍が侵攻いたしました。」 その言葉がカング首相の口から出るや、閣僚の大半が驚いたような表情を浮かべた。 閣僚の中には、顔を真っ青に染める者もいたが、そんな中、陸軍総司令官と海軍総司令官は冷静であった。 彼らは、この会議に出向く前に司令部で状況報告を受けていたため、特に驚く事もなかった。 「首相閣下。どうして、アメリカ軍の侵攻を許したのでありますか!?」 財務大臣が、顔を引きつらせながらカング首相に言った。 その口調振りからして、まるで罪人を咎めるような口ぶりである。 「潜水艦ならばまだしも、上陸船団をも含む大艦隊が、わが国の領土に押し入ってくる事など、あってはならぬ事ですぞ!」 「詳しい話は、海軍総司令官と陸軍総司令官が行う。」 カング首相は、財務大臣の矛先を2人の軍人に向けさせた。 「トレスバグト閣下、どうしてこのような事が起こったのですか?」 「・・・・・誠に申し上げにくい事ですが、考えられる事はあります。それは、ベグゲギュスの哨戒網に触れぬ海域を航行した事です。 敵艦隊発見の報告が入ったのは、今朝の7時を過ぎてからでした。」 「それ以前に、敵艦隊が出港した、という報告があったはずですが、そこの所はどうなのですか?」 「・・・・・・・・・・」 なぜか、トレスバグト元帥は押し黙った。 「どうなのです?」 「ハッ、海軍が、敵艦隊が出港したと言う事が初めて知りえたのは・・・・・」 トレスバグト元帥は、歯切れの悪い口調でいうが、その後が続かない。だが、財務大臣はその続きが分かってしまった。 「まさか、今朝の報告を受けてから知った・・・・と言うのですか!?」 「はい。」 その瞬間、会議室の空気は凍り付いた。 海軍は、上陸部隊も含む大艦隊の出港を、ユークニア島空襲さるの報告を受けてから初めて知ったのである。 あってはならない事が起きてしまった・・・・・! 首相、国王をも含む全員が、そう言いたげな表情を浮かべていた。 20年後、とあるベグゲギュスの死体がアメリカのトロール船によって引き上げられた。 後の調査によると、このベグゲギュスは原因不明の病気で急死したということが判明している。 この急死したベグゲギュスは、ノーフォーク軍港の見張りを任されていた第61特選隊のベグゲギュスであり、 別のベグゲギュスの交代に向かう途中であった。 ノーフォークから800マイル沖合で発見されたベグゲギュスは、この海域で死亡したと思われている。 ベグゲギュスの死亡を知らなかった海軍は、哨戒網に穴が開いている事を知らず、そのままの状態でアメリカ第7艦隊が出港して行った。 マオンド海軍の哨戒網は、意外なほどに簡素であり、アメリカ東海岸沖に10頭のベグゲギュスを配置した後は、スィンク諸島やリック諸島沖に 数頭ずつ、大陸沿岸部の警戒用に80頭ほどを配備していたのみであり、それ以外は海軍の哨戒部隊に任せているのみであった。 こんな簡素な哨戒網でも、アメリカ東海岸沖の情報収集は充分に出来、敵輸送船の航路の変移具合や、敵新鋭艦の調査等は満足に行えた。 攻撃に移ると、いささか弱いベグゲギュスであるが、情報収集能力に関しては潜水艦に勝るとも劣らず、マオンド海軍の艦影表は、後年、 それを拝見したアメリカ海軍関係者が見てもため息をついたほど充実していたと言う。 だが、数の少ない上での優秀さが、今回は仇となった。 それも、致命的といって良いほどの。 トレスバグト元帥は、自らに冷たい視線を浴びせられているのが痛いほど分かっていた。 当然であろう。 上陸部隊を含む大艦隊の出港を、何日もの間全く察知できないというあってはならない事が起きたのだ。 艦隊の出港だけでも掴んでいれば、少しはマシであったろうが、それすらも分からなかったのだ。 今回は、敵艦隊がユークニア島に来たから良い物の、もし、本国に攻め込まれていたら・・・・ (そうなったら、目も当てられない惨事となる。) トレスバグト元帥は、好き放題に蹂躙される本国の沿岸都市を想像し、それをすぐに振り払った。 「まぁ・・・過ぎた事を責めても仕方があるまい。」 インリク国王の、しわがれた口調が会議室に響いた。その独特な口調が、トレスバグトにとっては棍棒で殴られるかのように頭に響く。 「トレスバグト元帥。今回は非常時だ。このような事でいちいち議論する暇は無い。であるから、今回の不祥事に関しては何ら問わない。ただし」 インリク国王は、そこで口調を重くした。 「以降、このような事が起きぬよう、努力したまえ。」 威圧感の滲んだ言葉に、トレスバグトは身を奮わせた。要するに、次失敗すれば、軍からたたき出してやると言うことだ。 「はっ!」 トレスバグト元帥は、ただそれだけを言って、深く頭を下げた。 「責任問題はこれで良しとして、問題はユークニア島をどうするか、です。」 陸軍総司令官が口を開いた。 「それは勿論決まっております。アメリカ軍に決戦を挑み、徹底的に討ち滅ぼすべきです!」 内務大臣がそう言うと、他の閣僚もそうだ!そうだ!と賛同する。 「ここでアメリカ軍を撃退すれば、各国で調子に乗っている反乱分子達の士気も粉砕できます。それに、国民の士気向上も見込まれます。 ここでアメリカ軍を討ち果たし、同盟国シホールアンルにも、スラクトン大陸の国家群にもわが国がこれだけの力を有していると喧伝するチャンスです。」 内務大臣は、自信ありげにそう言っているが、この時、トレスバグト元帥は、その内務大臣が口調とは裏腹に、目を異様に血走らせている事に気が付いた。 (興奮しているのか?) 彼は、珍しいと思った。 内務大臣は、普段は冷静沈着な男として知られているのだが、今日のように、熱心に語る事などまったく見覚えが無い。 どうしたものか、と思いつつ、彼は他の閣僚の顔をちらりと眺め回した。 そこで、トレスバグトは、他の閣僚達が、どれも共通した顔を浮かべている事に気が付いた。 (みんな動揺しているな) 彼が、心中で呟いた通り、閣僚達の顔つきは、どれもこれも動揺しており、いつも見せる余裕めいた表情は消えていた。 彼らが動揺している理由は、やはりユークニア島を猛攻撃しているアメリカ軍にあるかもしれない。 寝耳の水の出来事に、彼らは必死に事態を打開しようと考えているのであろう。 「海軍としてはどうなのですか?すぐにでも艦隊を派遣できますか?」 内務大臣が、彼に質問して来た。 「海軍としましては、ゴホル・ドナにいる第1機動艦隊と、グラーズレットにいる第1、第2艦隊を主力にし、フォルサの 第3艦隊を、主力部隊が来るまで敵艦隊来襲時の迎撃部隊、もしくは遊撃部隊として使う予定です。」 そこに、思いがけぬ言葉が割り込んだ。 「ユークニアは、この際見捨てる。」 「・・・・!」 トレスバグトのみならず、会議の参加者全員が、その声がした方向に目を剥いた。 「たかだかちっぽけな諸島ごときに、あたら戦力を投入し、消耗を招く事になってはまずい。」 「陛下!」 カング首相が、血を吐くような声音でインリク国王に言った。 「島には数万の同胞がいるのですぞ!それなのに、見捨てるというのは余りにも酷ではありませんか?!」 「ジュー、君の言う事は最もだが・・・・今は軽い皮膚の病気より、重い内蔵の病気を治したほうが良い。そう思わんか?」 「アメリカ軍来寇は、決して軽い皮膚の病気等ではありません!むしろ、重い内蔵の病気すらも上回るものです!」 陸軍総司令官が声高に言い放つ。 「ここでユークニア島が早々に落ちれば、アメリカ軍は勢いに乗って、このレーフェイル大陸にまで兵を進めてきます! それも、遠からぬうちに!ですから、ここはアメリカ軍と決戦をするべきです!」 「その決戦に勝利できる保障はあるのかね?」 「それは・・・・・・」 インリク国王の問いに、陸軍総司令官は自信ありげに答えようとした。だが・・・・・出来なかった。 「海軍はどうかね?」 インリク国王は、トレスバグトに話を振る。 「はっ・・・・」 彼もまた、答えに窮した。現在、海軍には6隻の竜母と7隻の戦艦、45隻の巡洋艦と84隻の駆逐艦がいる。 それらは、各艦隊に分配されている。 マオンド海軍の主力を成すのは、なんといっても第1機動艦隊である。 第1機動艦隊は、6隻の竜母を2群に分け、1群につき戦艦2隻、巡洋艦3隻、駆逐艦10隻ずつが配備されている。 この第1機動艦隊を構成する艦艇群は、いずれも新鋭艦ばかりであり、艦の性能も他の艦隊の艦艇と比べて格段に向上している。 それに、シホールアンル海軍から訓練将校として派遣されたルエカ・ヘルクレンス少将の協力もあって、竜騎士達も今では 一人前の海軍ワイバーン乗りに成長している。 それに次ぐのが第1、第2艦隊である。 第1、第2艦隊は打撃部隊として編成され、第1艦隊はジャンガルーダ級戦艦2隻に巡洋艦5隻、駆逐艦12隻、第2艦隊は マウニソラ級戦艦2隻に巡洋艦6隻、駆逐艦14隻で編成されている。 これらの艦隊は、幾分旧式艦艇が混じっている物の、錬度は充分である。 特に、旧式戦艦のマウニソラ級2隻は、古いだけあってよく使い込まれており、射撃精度に関しては、新鋭戦艦のリグランバグル級ですら かなわないと言われるほどだ。 最後の第3艦隊は、巡洋艦6隻、駆逐艦16隻で編成されているが、この艦隊には快速艦艇が主に配備されている事から 高速打撃部隊の意味合いが強い。 以上が、現在のマオンド海軍の主力部隊である。 これらが全力を持って当たれば、アメリカ艦隊相手に打ち勝てると、トレスバグトは思っていた。 いや、思いたかった、と言ったほうが正しいであろう。 しかし、相手とて、片割れとはいえ大国シホールアンルに苦戦を強いて来たアメリカ海軍である。 そのアメリカ海軍に決戦を挑んで、果たして勝利できるかどうか・・・・・ (わからない) 彼の脳裏には、目に見える勝利が思い浮かばなかった。 「勝てない可能性が大きい・・・・そう思っているのだろう?」 「・・・・い、いえ。そのような事は!」 「まあよい。」 インリクは、そう言って会話を打ち切った。 「私が言いたいのは、何も敵に対して、対等に戦おうとしないでも良いと言うことだ。ユークニア島には無いが、本国の近くに 決戦場を定めれば、我々はユークニア島では用意できぬ物を使える。」 インリク国王は、意味ありげに言った。 「アメリカ海軍は空母機動部隊というものを、思う存分使っているようだ。今回の戦争で、私は飛行兵器が主役であると分かった。 敵が飛行兵器を多用するのならば、こちらもそれを利用しよう。竜母部隊だけで足りなければ、陸上のワイバーン基地も使えばよいのだ。」 インリク国王の言葉に、閣僚達は納得した表情を浮かべた。 「本国には、3000騎ものワイバーンがおるのだ。アメリカ軍が攻めてくるのならば、それで良し。このワイバーンの大編隊でもてなしてくれようぞ。」 インリクは、そう言ってから高々と笑った。 彼の威勢の良さは、他の閣僚にも伝わって行ったが、トレスバグトと陸軍総司令官は、それでも不安であった。 先の動揺した空気は、完全には払拭されていない。それでも、閣僚達は、幾ばくか緊張が解けた。 「君は、アメリカ軍がこのまま前進を続けると思うか?」 おもむろに、陸軍総司令官がトレスバグトに聞いた。 「分からんな。だが、余勢を駆ってレーフェイルに攻め込む可能性は、無いとは言えないな。むしろ、ユークニアを占領したでけで 前進を止めてくれればいいと思っている。」 「前進を止める・・・・か。」 トレスバグトの答えに、陸軍総司令官は苦笑した。 「何がおかしい?」 トレスバグトは、急に腹立たしくなった。彼はとげのある口調で陸軍総司令官に聞いた。 「アメリカ軍の爆撃機の足が短ければ、それでも良かったんだがな。」 午後6時20分 第72任務部隊第2任務群 TG72.2の輪形陣内にいる巡洋戦艦コンスティチューションの艦内で、アンドリュー・ホッパー大尉は、椅子に座っていた 尖った耳の男性士官・・・・エルフの特務士官から紙を渡された。 「ユークニア島の第72軍団司令部の魔法通信です。連中、艦砲射撃に大分驚いているようです。」 カーキ色の軍服に身を包んだエルフの少尉は、毒気のある笑みを浮かべながらホッパー大尉に言った。 「我、敵艦隊からの猛烈な砲撃を浮く、被害甚大、将兵の動揺は計り知れず、救援部隊の到着はいつ頃になりや?か。 連中、あまりの猛砲撃に泡食ってるぞ。」 ホッパー大尉は、憐憫の表情を浮かべてそう呟いた。 ユークニア島は、第72任務部隊から計4波、540機の航空攻撃を受けた後、午後5時から第73任務部隊から派遣された、戦艦ニューメキシコ、 ミシシッピー、アイダホ以下の砲撃部隊によって、島中に砲弾の雨を降らされている。 太平洋戦線で、第5艦隊がファスコド島に行ったほどの派手さは無いが、それでも戦艦3隻を始めとする砲撃部隊の猛射の前に、ユークニア島の マオンド軍はかなり動揺していた。 「ニューメキシコ級3姉妹に重巡3隻、軽巡2隻に駆逐艦12隻が、1時間前からぶっ通しで撃ちまくっていますからね。消費弾数は軽く数千発を 越しているかも知れませんよ。」 エルフの少尉、フェルスト・スラウスが言うが、ホッパー大尉は首を振った。 「いや、もっといくかも知れんぞ。何しろ、第5艦隊は初日で5万発以上の砲弾をぶち込んだって話しだ。TF73は、ナリこそは小さいが、 それでも1万発程度は、あの島にぶち込むだろう。」 ホッパー大尉はそう言ってから、渡された紙を従兵にCICに持っていくように命じた。 彼は従兵に紙を渡した後、コーラを飲みながら、神に鉛筆で何かを書いた。 「しかし、今日1日だけで、100もの魔法通信を傍受できるとはな。」 「ちょうど、レーフェイル大陸とユークニア島の間に割って入る形で航行していますからね。どんな通信でも一発で傍受できますよ。」 スラウス少尉は、魔法通信傍受機を眺めながら、自慢気に言った。 コンスティチューションは、CICの隣に魔法通信傍受室という部屋を設けており、そこに専用の機械を置いて、艦橋の特殊アンテナを伝って 相手側の魔法通信を傍受している。 魔法通信傍受機は、機械その物が魔法絡みの物体であり、扱いには魔道士の協力が必要であった。 アメリカ海軍は、この事を予見して42年始め頃から南大陸各国に、魔道士の志願者を募った。 厳正な審査の結果、ミスリアル人28名、カレアント人、バルランド人14名ずつ、グレンキア人8名とレイキ人7名が、海軍特務士官として アメリカ本土で訓練を受け、43年7月から太平洋、大西洋両戦線で活動した。 配備当初は、普通の通信員としての技量も必要なため、大は戦艦や正規空母から、小は魚雷艇や潜水艦、はては飛行船まで、さまざまな艦種に乗せられた。 このうち、カレアント人1士官人が1943年10月に起きたマルヒナス沖海戦時に軽巡ボイス艦上で。 ミスリアル人仕官1人が1944年1月に起きたトアレ岬沖海戦時に、軽巡オークランド艦上で戦死している。 このように戦死者が出るほど、前線勤務は厳しかったが、残りの特務士官は、魔法通信傍受機の装備された艦に専門要員として、順次配備されている。 大西洋艦隊では、艦橋の高い戦艦に優先して魔法通信傍受機が配備され、巡洋戦艦コンスティチューションと、出撃2日前にTG72.2に加わった アラスカ級の姉妹艦である巡洋戦艦トライデントに装備されている。 その魔法通信傍受機は、早速役に立っている。 「おっ、また反応が」 カップの中のオレンジジュースを飲もうとしたスラウス少尉は、名残惜しげにカップを置いてから、魔法通信傍受機のタイプライター部分に紙をセットした。 受信機の役割を果たす魔法石が妖しい光を放つ。その光が弱くなるに比例して、解読機が音を立てて唸る。 その次には、タイプライターが紙に文字を打ち始めた。 10分ほどで、一連の解読作業は終わった。スラウス少尉は、銀色の長髪をぼりぼり掻きながら、紙を千切り取った。 彼は一読した後、意味深な表情を浮かべた。 「どれ、見せてくれ。」 ホッパー大尉は、スラウス少尉から紙を受け取るや、その文に目を通した。 「発、マオンド軍総司令部、宛、ユークニア島駐留隊。 目下、攻撃艦隊の派遣を検討中なり。ユークニア島駐留部隊は、軽挙妄動を控えつつ、可能な限り戦力の温存に勤められたし。」 一文に目を通したホッパー大尉は、スラウス少尉と目を合わせた。 「どうやら、マイリー共はユークニア島に艦隊を派遣するようだ。派遣する規模が不明なのが、少し不満だが。」 「派遣・・・・か。わざわざ1200キロ以上も離れている場所からやって来るのか。敵さん、相当に追い込まれていますね。」 「ひとまず、これはすぐに艦隊司令部に報告したほうがいいだろう。」 ホッパー大尉はそう判断すると、別の従兵に、この紙を持って通信室に行き、すぐに艦隊司令部に連絡させるように命じた。
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第143話 決戦へののろし 1484年(1944年)6月16日 午後5時 マオンド共和国首都クリンジェ 「状況は、たった今説明しましたとおりでございます。」 海軍総司令官であるトレスバグト元帥は、すぐ右の席に座っている陸軍総司令官のホドウル・ガンサル元帥からの説明を 聞きながら、玉座に座るインリク国王に視線を向けていた。 インリク国王は、傍目から見ても分かるように、怒りで顔を赤く染め上げていた。 「・・・・・・本当に、アメリカ軍はヘルベスタン領に上陸したのだな・・・・」 インリク国王は、自らに言い聞かせるようにわなないた口調で呟いた。 トレスバグト元帥は、インリク国王が怒りを爆発させ、大声で軍の失態を喚き散らすか?と思ったが、予想に反して、 玉座の国王は、怒りに顔を真っ赤に染めて震えながらも、怒りの矛先を会議の参加者達に向ける様子はない。 会議室の席に座っている高官や大臣達は、いつインリクの怒声が上がるか気になっていたが、参加者達の予想に反して、 インリクの怒りは、アメリカ軍と、反乱軍に向けられていた。 だが、当のアメリカ軍や反乱軍が目の前に居ない以上、怒りは自然と、インリクの内心に溜められつつあった。 ヘルベスタン領モンメロにアメリカ軍、大挙襲来すの報告が飛び込んだのは、午前8時を過ぎてからの事であった。 最初、魔法通信を受け取ったガンサル元帥は、最初は何かの間違いではないか?と疑った。 「まさか、敵は北西部沿岸の反乱軍支配地区に上陸するはずではなかったのか?モンメロに上陸したという報告は 聞き違いではないのか?」 ガンサル元帥は米軍上陸すの報に仰天しつつも、敵は北西部に上陸した物と思い込んでいた。 彼は直ちに、敵の上陸地点がどこであるかを確認させた。 この時のガンサル元帥の混乱ぶりは尋常ではなかった。 幕僚がどれだけ説明しても、彼は 「アメリカ軍はモンメロではなく、北西部に上陸した。この魔法通信は魔導士が慌てていたから地名を間違えたのだ。」 と言い張って、何度も確認を行わせた。 ガンサル元帥は、現地軍司令官であるトルマンタ元帥と同じように、現実逃避に陥っていた。 ガンサル元帥は確認作業を都合3度も行わせた。まるで、違う結果が出れば、それで自らは救われると言っているかのように・・・・ だが、何度確認しても、アメリカ軍がモンメロに上陸したという事実は消えない。 事実は消えぬどころか、より鮮明になっていくばかりであった。 午後1時頃に入ってきた緊急信は、マオンド陸軍総司令部の幕僚達を一層驚愕させる物であった。 「アメリカ軍部隊の一部が、森の木々を蹴散らしつつも北進を開始。敵部隊は戦車多数を含む。敵部隊は上空に支援航空機 多数を伴えり。」 この情報は、上陸してきたアメリカ軍が、橋頭堡確保のみならず、内陸部への制圧に向けて動き始めたという事を現していた。 モンメロ以北は、森林地帯を抜ければその対岸までほぼ平野部で占められている。 つまり、アメリカ軍が森を抜けたら最後、行動の自由を得た敵の大軍が、50万の友軍の退路を断つわけである。 マオンド陸軍の兵力は、早計で130万。そのうち、ヘルベスタン領で包囲殲滅の危機に晒されている友軍部隊が50万。 この50万を失えば、マオンド陸軍の兵力は著しく低下してしまう。 そうなれば、他の被占領国の維持は難しいどころか、本国防衛にすら多大な影響を及ぼしてしまう。 ヘルベスタンの戦闘が、このレーフェイル大陸戦での山場であるという事は誰の目にも明らかであった。 ガンサル元帥はようやく落ち着きを取り戻し、幕僚達とともに事態の収拾を真剣に考え始めた。 それから数時間後が経った。 国王インリクは、ガンサル元帥の説明をようやく飲み込めたのであろう、ぶるぶると震わせていた体を背もたれに寄りかからせ、 深いため息を吐いてから落ち着きを取り戻す。 「陸軍総司令官の話した事は、理解できた。要するに、我が軍の一部が、敵の手によって殲滅されかけている訳だな。」 「はい・・・・甚だ、面目ない次第ではありまするが・・・・」 ガンサル元帥は、目を伏せながら言う。 「しかし、アメリカ軍の上陸を許したとは言え、まだ希望が無くなった訳ではありません。」 ガンサル元帥は、トレスバグト元帥に目を向けた。 「何か案があるのか?」 インリクの側に座っていたジュー・カング首相が怪訝な顔つきで聞いてきた。 「はい。」 ガンサルは即答した。 「我々は、ヘルベスタン領にアメリカ軍の上陸を許してしまいましたが、いかなアメリカ軍といえど、弱点はあります。 それに、敵部隊は行動を開始したとはいえ、まだ軍団規模の攻勢は出来ぬはずです。そこで、我が軍は、モンメロ沖に 停泊する輸送船団を撃滅して敵の補給を絶ち、上陸してきた米軍を逆に包囲してやるのです。」 ガンサルの言葉を聞いていたトレスバグトは、やはりか、と思った。 「つまり、陸海軍共同で、アメリカ軍を叩きのめす訳だな?」 トレスバグトの問いに、ガンサルは頷いた。 「そうだ。海軍がヘルベスタン沖に到達するまでの間、ヘルベスタン現地軍は東に向けて進軍し、アメリカ軍と出会うのならば これに一戦を交える。消耗戦に持ち込めば、兵力も勝り、地の利もある我々に有利だ。」 「・・・・・・共同作戦か。うむ、確かに良い。だがガンサル元帥。あなたは知っているはずだが。」 トレスバグトは、ガンサルの双眸を睨み付けながら言った。 「相手はアメリカ軍だ。レンベルリカやヘルベスタン領の蛮族軍とは違って、戦車や新型飛空挺、そして我々には無い優秀な武器で 武装している正規軍だ。個人の武器が未だに剣や槍、弓矢程度しかない我がマオンド陸軍は不利だ。」 「そこの所は重々承知しておる。」 ガンサルは、何を今更といった口調で返事した。 「確かにアメリカ軍はれっきとした正規軍だ。だが、武器は劣るとはいえ、我々も訓練を積んだ正規軍を投入するのだ。犠牲は 大きいかもしれんが、やってみる価値はある。」 「やるとしても、50万のうち、すぐに動かせるのはせいぜい、30万が限度ではないか?北西部の反乱軍を包囲している20万の 部隊は、おいそれと動かせる兵力ではないはずだ。」 トレスバグトは、厳しい口調で指摘した。だが、ガンサルはそれを待っていたかのように、不敵な笑みを浮かべる。 「うむ。今の状況では、30万ほどしか動かせない。反乱軍を抑えている20万の軍勢は、君の言うとおり、簡単には動かせない。 しかし、それもやがては解決する。」 ガンサル元帥は、玉座に座るインリク国王に視線を向けた。 「ガンサル。例の部隊は、既に西岸部にいるのかね?」 「はい。部隊は予定通り、3日後にトルトスタン近郊へ到達します。」 「そうか。順調のようだな。」 インリクはそれまでと打って変わった表情になった。 「陸軍特殊部隊と、教会側の共同作戦だ。失敗は許されん。」 「ええ、勿論です。」 「共同作戦が成功すれば、反乱者共を抑えていた軍も動員して、アメリカ側との会戦にも使える。」 「あの・・・・失礼ですが。」 トレスバグトは、国王と陸軍総司令官の会話の内容が全く理解できなかった。 (教会側と陸軍特殊部隊の共同作戦だと?そんなもの私は聞いていないぞ。もしかしたら・・・・ガンサルと陛下は、 他の者には内緒で、極秘の作戦を計画していたのか?) 彼は、内心で呟いた。 「諸君にはまだ言っていなかったが・・・・私は、この時に備えて、ある物を用意した。それを使えば、煩わしい反乱者共は一層される。」 「ある物?」 トレスバグトは、不安げな口調でガンサルに目を向ける。 ガンサルは、意味深な表情を浮かべた後に、会議の参加者全員に向けて言い放った。 「これから、陛下がおっしゃられる事は、口外無用である。皆の物、心して聞け。」 ガンサルが皆に言った後に、インリクが咳払いし、それから極秘作戦の内容を打ち明けた。 それから20分後。会議室の参加者達は、一部を除いて皆が恐怖に怯えた表情を浮かべている。 対して、国王やガンサル元帥は、なぜか意気揚々としていた。 「ガンサル元帥。それに陛下。」 トレスバグトは、冷静な口調で2人を交互に見やった。 「本当に、実行に移されるのですか?」 「他にどのような手段があるのかね。」 国王は、冷たく突き放すような口ぶりでトレスバグトに言う。 「私は、このレーフェイル大陸を統べる王として、最善と思われる方法を選んだに過ぎない。例え、数十万の属国民が アンデッドになろうとも、所詮はマオンド人ではない。一部を切り捨てる事で全てが助かるのならば、それで良いではないか。」 インリク国王は、愉悦さえ感じていそうな口調でトレスバグトに言う。 「それとも何か?海軍総司令官は、余の判断に異を唱えるのかね。」 「・・・・・・・・・・」 トレスバグトは、しばし押し黙った。 (こんな間違った方法で、戦争に勝とうとするとは・・・・) 彼は内心で、この共同作戦に賛同できなかった。 彼としても、マオンド人以外の属国民に対しては、どこか見下したような思いがあったが、それでも、属国民の中にはマオンド人よりも 優れた者も居ると確信し、ある意味では属国民も捨てた物ではないと思っていた。 だが、国王と陸軍総司令官が計画した作戦は、そのような使える人材も全滅させる外道の作戦であった。 トレスバグトは、異を唱えたかった。 しかし、長い間軍人として生きてきた彼は、体に染み込んだ王室に対する忠誠心が根強く残っている。 人間トレスバグトとして判断するか。軍人トレスバグトとして判断するか・・・・・ 迷いは、僅か10秒で終わった。 彼は・・・・・ 「いえ。陛下の唱えられる案に、依存はありませぬ。」 軍人として、判断した。いや、してしまった。 「うむ。君も理解してくれたか。」 インリク国王は、満足した表情で大きく頷いた。 「諸君。我々は、敵の攻撃に対して大きなショックを与えられてしまった。だが、アメリカ軍が調子に乗るのもこれまでである。 我々は、敵に対して反撃に出る。これは、苦しい戦いになるかも知れぬが、少しでも勝算を得るべく、我らマオンドは使える物は 全て使う。恐らく、この2週間ほどが山場だろう。だが、私はこの試練を乗り切れるであろうと思う。諸君、大なる勝利を再び、 この手で勝ち取ろうではないか!」 国王は、熱を帯びた言葉を、会議の参加者達に聞かせたが、ただ1人。 海軍総司令官であるトレスバグト元帥だけは、国王の判断を指示したこと後悔し始めていた。 (反乱軍は、支配地域に30万もの一般住民を抱えている。国王や陸軍総司令官は、その40万以上の人達に・・・・・) トレスバグトの脳裏に、地獄さながらの光景となったトルトスタンの町が浮かび上がる。 道には、歩き回る死者で埋め尽くされ、所々で死者に貪り食われる生存者の悲鳴が聞こえる。 行ける死者の数は、やがては北西部のみならず、半島一帯に及ぶ事になる。 そして、マオンド軍がこれを“駆除”し、そこに自国民を入植させて、純然たる領土に仕上げるであろう。 国王を始めとする会議の参加者達によって、6月20日に起きるであろう惨劇は、既に起こったも同然の物となっていた。 6月17日 午前1時 ヘルベスタン領南西部ラントバグト 港町エルケンラードから北東に20ゼルド離れた森の中の街道を、その馬車の縦隊は高速力で疾走していた。 森の中とはいえ、よく整備され、幅の広い街道は、旅路を急ぐ物達にとっては格好の通り道である。 馬車の荷台の中で、揺れに身を任せていた痩身の男は、御者台と荷台を隔てる幌を取ってから、御者台に座る片方の男に声を掛けた。 「おい!今は何時だ!?」 「ハッ、隊長!ちょうど、午前1時を過ぎたところであります!」 馬の蹄の音と、車輪が回る音で喧しく、普通に喋っては聞こえないため、会話は自然に大きく叫び合う形となってしまう。 時間を聞いた男は、幌を閉じて荷台に戻り、目の前に座っていたローブを着た男に声を掛けた。 「導師。今はちょうど、午前1時を回った頃です。」 「1時ですか。まだまだ夜は長いですねぇ。」 ローブを着た男は、何かを待ちわびるかのような口調で返した。 いや、実際に待ち侘びていた。 「ルトンナゴ中佐。本当に、時間という物は長くて、鬱陶しいですな。」 「まぁ導師様。楽しみは後にとって置くほど、快感が増す物ですよ。」 隊長であるゾルトゥク・ルトナンゴ中佐はニヤリと笑いながら、荷台に積まれている木箱に顔を向けた。 「しかし、教会側も奮発しましたね。」 「ははは。邪教徒共を一掃できるのなら、これぐらいの事はお安いご用です。不死の薬を、邪教徒共の拠点でばらまけば、 後は馬鹿になった奴らを簡単に駆除するだけ。ナルファトス教と軍が、技術を出し合った賜ですよ。これの効果は、既に 人体実験で確認済みです。薬を入った水を飲めば、最短で3時間。遅くても半日で一度は死に、その後は不死の体となって 蘇ります。薬自体は水のような物ですが、高い熱に弱いので、薬の側で水を沸かそう物ならば、もはやその薬は熱に当てられて 使い物にならなくなり、あとはただの糞まずい水溶液になってしまいます。」 「なるほどね。しかし、不死・・・・とまでは行かないのでは?」 ルトナンゴ中佐が、穏和な口調で指摘する。 「アンデッドとなった者は、確かに不死に近いですが、頭を潰されたり、首を落とされれば元の死体に戻ってしまいます。」 「おおっと、ついつい間違った事を口走ってしまいましたか。これは失礼しました。」 間違いを認めた銀髪の青年は、恥ずかしそうに笑った。 「でも、そうされぬ限り、アンデッド達は生き続けます。腹を割かれようが、手足を切り落とされようが、アンデッドは獲物に 食らいつきます。それに、アンデッドとなった者は馬鹿が多いのですが、中には自我を残す者もちらほらと出てきます。そういった アンデッドは始末に悪いのですが、その結果、我々は更なるアンデッドを作り上げることが出来ました。」 導師は、笑みを絶やさずに、積み上げられた木箱を見つめた。 「その新しいアンデッドを作り上げる材料が、ここに入っています。このアンデッドならば、首を落とされようが死にはしません。 最も、破壊力の大きな武器で攻撃されれば、流石に死んでしまいますが、剣や弓矢でやられても体が頑丈なので、そうそう傷は付きません。」 「銃とやらで攻撃されたら・・・・どうなるのですか?」 「う~ん・・・・そこの所は分かりませんねぇ。でも、簡単には死なないと思いますよ。」 導師と呼ばれる青年は、軽やかな口調でそう言った。 ルトナンゴ中佐は今、目の前の導師と呼ばれる青年。もとい、ナルファトス教の導師であるレード・ラナスクと共に、部隊を率いて 反乱軍の拠点があるトルトスタンに向かっていた。 彼は、自らの部下と、ラナスク導師が引き連れてきた8人の信者(教団の戦闘部隊から選抜したエリートである)を馬車6台に分乗させている。 彼らの任務は、トルトスタン近郊に辿り着いたら、一般住民に変装して、トルトスタンの町に潜入し、木箱の中身を救援物資と偽って渡す、と言う物である。 ルトナンゴ中佐や、ラナスクの率いる部下達は、いずれも潜入戦のプロであり、レーフェイル大陸統一戦争時には、敵に上手く偽装して、後方遮断作戦を行い、 あるいは異教徒の抹殺を行っており、実戦経験は豊富であった。 そんな彼らにとって、今度の極秘作戦は願ってもない任務だ。 この作戦が成功すれば、陸軍側は今後の戦局が有利になるし、教会側は異教徒の駆逐という“義務”をまた1つ成し遂げられる。 今の所、目的地へは順調に進んでおり、こちらの極秘作戦が敵に察知された気配もない。 後は、与えられた仕事をこなすだけであった。 「あと3日足らずですか・・・・早く現場に到達するといいですなぁ。」 ラナスクがそう言った時、唐突に何かの音が響いてきた。 「隊長。アメリカ軍機です。」 御者台にいた部下が、ルトナンゴに報告してくる。 彼自身、上空から聞こえてくる発動機特有の音を聞き取っていた。 音は、さほど大きくない。 「敵の偵察機だな。」 ルトナンゴは、上空の敵機が偵察にやって来ているのだと思った。 アメリカ軍は、昨日の早朝に、ラントバグトから僅か20ゼルド離れたモンメロという地点に上陸してきた。 時折、モンメロ周辺に展開していた陸軍第12軍から魔法通信が発せられ、部隊にいる魔導士が内容を教えてくれているが、 状況はマオンド側にとってまずい物になりつつあるという。 ヘルベスタン領のマオンド軍にとって、敵のモンメロ上陸は寝耳の水の出来事であるが、こんな日にも、アメリカ側は偵察機を飛ばしている。 アメリカ軍の偵察機が夜間に飛んでくるようになったのは、1週間前からだ。 偵察役に使われている機体は、ここ最近登場したばかりのインベーダーと呼ばれる双発の新鋭機で、夜間に単機、あるいは2機の少数で 飛んできては、街道や橋梁、あるいは都市の上空に照明弾を落として帰っていく。 中には、行きがけの駄賃とばかりに、目に付いた軍事施設に爆弾や機銃弾を叩き込む機も居るため、なかなか油断が出来ない相手である。 上陸日前日は、一際多くのアメリカ軍機が夜間に飛来し、ヘルベスタン領の各地に不審な物を投下していった。 その不審な物が何であったかは定かではないが、軍の上層部は、ヘルベスタンの領民に決起を促すような物を投下したのではないか?と判断している。 街道の前方に爆音が過ぎ去っていった、と思ったとき。いきなりやや遠めの所に白い光が煌めいた。 「照明弾を落としたのか。」 御者台に座っていた兵士は、上空でゆらゆらと揺れる白い光の玉を見ながらそう言った。 それから2分後、唐突に、街道の真ん前に人が現れた。 その人影は、片手に槍を持って、馬車の行く手を阻んでいた。 「止まれー!」 人影が、大声で言ってくる。姿形からして、同じマオンド軍の兵士のようだ。 御者は馬のスピードを緩め、そして人影の前で止めた。 「お前達は補給隊か?」 少尉の階級章を付けたその将校は、御者の顔を見つめるなりそう聞いてきた。 よく見ると、その将校の後ろに上手く偽装された櫓があり、その中には4、5人ほどがおり、遠目でこちらを見つめている。 「いえ、少尉殿。自分達はこれから部隊を率いて、反乱軍と対峙する部隊と合流する所です。」 「隊長はおられるか?」 少尉は、すかさず御者の兵士に聞く。 「はっ。少しお待ち下さい。」 兵士はそう言ってから、後ろの幌をめくって、荷台のルトナンゴ中佐に声を掛ける。 「隊長。」 「ああ、わかってる。責任者を出せと言ってるのだろう?」 ルトナンゴ中佐は言いながら、幌から顔を出した。 「私が、この部隊の責任者であるルトナンゴ中佐だ。」 「ハッ!私はこの検問所の指揮官であります、ゲルィン・トールム少尉であります。」 「この辺鄙な所に検問所とはな。ここら辺一体は、主立った軍事施設は無いはずだが。」 「中佐殿、実を言いますと、ここら5分ほど離れた場所に、秘密の物資集積所があるんです。3日前に急造されたばかりのやや手狭 (それでも普通の野球場ぐらいの大きさがある)な集積所ですが、ここには2個師団分の各種必要物資が置かれております。今は、 モノの上に偽装網を被せて厳重に秘匿しております。」 少尉はそう言いながら、上空に煌めく白い光を、まるで嘲笑するような顔つきで見つめた。 「あそこの照明弾は、小川の上にある橋の上で光っています。恐らく、敵の偵察機か何かがやって来て、ここの位置を掴もうとしている ようですが、敵さんもご苦労なことです。」 照明弾は、問題の物資集積所から南に400メートルも離れた見当外れの位置を照らしている。その真下には小さな橋があるだけだ。 「付近に現地民の住処はないのか?」 「あるにはあるのですが、住民はとっくにどこかに逃げてしまいました。途中で行商人と思しき通行人は何度か見ていますが。」 「ここ最近は、どこもかしこも酷い状況だからな。逃げ出したくもなるさ。」 ルトナンゴ中佐は自嘲気味に呟くと、少尉は思わず苦笑した。 「中佐殿はお急ぎでありますか?」 「うむ。今すぐにでも、反乱軍と対峙している味方部隊に合流したいんだ。俺達は、戦況を打破できる新兵器を持っているからな。 残念ながら、君達には、馬車に積んである新兵器が何であるか教えられんが。」 「構いませんよ。あなた方が挙げるであろう勝利の報告を、首を長くして待っておりますから。」 「こいつ、上手い事言いよる。」 ルトナンゴ中佐は、なかなか気さくな事を言う少尉が気に入った。 この時になって、先ほども聞いた偵察機の爆音が再び上空で木霊し始めた。 「敵さん、なかなか仕事熱心だな。」 「フフ。今日もただ、飛び回って終わりですよ。とりあえず、お手数ですが通行証を見せて貰えないでしょうか。」 「ああ、いいぞ。」 ルトナンゴは、少尉に通行証を渡した。アメリカ軍機は相変わらず1機のみのようで、上空を旋回しているようだ。 「結構であります。ご武運を。」 少尉はルトナンゴ中佐に通行証を渡すと、道の側に外れた。 「よし、前進再開だ。」 彼は、御者の兵士に向かってそう告げると、兵士は馬に指示を下して再び前進し始めた。 5分ほど走ると、森が開けてきた。 「なるほど、ここが物資集積所か。」 ルトナンゴ中佐は、暗闇にぼんやりと浮かぶ、秘匿された物資の山に目を奪われた。 彼らが、物資集積所の側をあと一歩の所で駆け抜けようとしたその瞬間、突然、後方で青白い光がきらめいた。 「!!」 驚いた中佐は、慌てて後ろを振り返ろうとした。唐突に、ダーン!という爆発音が轟き、青白い光にまじって オレンジ色の光が後方で灯り、馬車隊の明瞭な影が地面に写し出された。 空母エンタープライズから発艦した8機のドーントレスと12機のアベンジャーは、同じTG72.2のボクサー隊のアベンジャー8機と、 TG72.1のイラストリアス隊のヘルダイバ-6機、アベンジャー10機、ゲティスバーグ隊のアベンジャー10機と共に、問題の 物資集積所から南に7マイル離れた空域まで接近していた。 夜間攻撃隊の指揮官であるエンタープライズ雷撃隊隊長のウィリアム・マーチン少佐は、前方に見える照明弾の光と、その下にゆらめく オレンジ色の光をはっきり見る事ができた。 「こちら指揮官機。目標が見えた!証明隊はよくやったぞ!」 彼は、2機のアベンジャーの働きぶりに満足した。 この日、第72任務部隊は、司令官であるジェイムス・サマービル中将の命令の下に、敵の野戦物資集積所を夜間爆撃する事になった。 夜間飛行の出来るパイロットは、本国の訓練システムが改善された甲斐もあって、開戦時と比べて大幅に増え、今回の夜間攻撃も多くの 航空機を向かわせる事が出来た。 この56機の夜間攻撃隊の指揮官には、ベテランであるウィリアム・マーチン少佐が選ばれ、攻撃隊は現地のレジスタンスから得られた 情報を元に、目的地へ向かった。 攻撃隊が、モンメロ沖80マイル地点から発艦して1時間半が経ったとき、先行していた照明隊のアベンジャー2機が、待機していた レジスタンスの信号(光源魔法によって合図を送ってきている)をキャッチし、目標の大まかな位置を特定した。 そして、2機のアベンジャーは照明弾と共に、2発ずつの500ポンド爆弾を物資集積所に投下した。 照明弾の光と、爆弾炸裂の火災炎は後続の本隊にもはっきりと確認できた。 「隊長!物資集積所の左側100メートルの街道に、物資を積んだと思われる馬車隊を発見しました。」 照明隊の指揮官機が、今しがた発見した馬車隊の情報を知らせてきた。 「馬車隊だと?何台だ?」 「6台です。」 照明隊の報告を聞いたマーチン少佐は、しばし考え込んだ。 「うーむ、6台程度なら大した量は積んでないな。俺達の任務は、敵の野戦補給所を破壊することだから、雑魚は放って おいてもよさそうだ。」 彼は、気軽な口調でそう言った。 だが、脳裏には別の考えも浮かんでいた。 (いや、ザコといえども、あの6台の馬車隊は前線に向けて武器を満載している。たかが6台だが、その6台に積まれた 武器が、上陸部隊の将兵を殺傷するかもしれない。なら、ここでその馬車隊を吹っ飛ばして、少しでも陸軍の連中を手助け した方がいいかもしれない) 彼は短い思考を終えると、攻撃隊の全機に向けて命令を発した。 「全機に次ぐ。目標を発見した。これより攻撃に写る。目標はでかい、好き放題にやれ!」 彼はそこまで言ってから一旦言葉を区切り、次いで、新たな指示を下す。 「VT-6は、第1小隊は俺に続け。残りは敵の物資補給施設を攻撃。指揮はフラナガン大尉が取れ。」 「了解。母艦で待ってますよ。」 無線機越しに、艦爆隊の分隊長であるフラナガン大尉が応答した。 8機のドーントレスに率いられた8機のアベンジャーは、小火災が発生した物資集積所に向かう。 森は、物資集積所の周囲からは途切れており、後は草原が広がっている。 「照明隊、馬車隊の位置はわかるか?」 「物資集積所より北西300メートルの所を高速で突っ走っています。もうそろそろ照明弾の光が消えます。」 「まだ照明弾は残っているか?」 「ええ、あと2発残っていますよ。」 「残りの2発を、馬車隊の上に落としてくれ。俺達が攻撃する。」 「了解。胸のすく爆撃を期待していますよ。」 会話はそれで途切れた。 マーチンは、機首を物資補給所の咆哮よりやや左側へずらした。 やがて、目標と思しき場所の上空に照明弾が灯された。青白い光の下に、微かながらうごめく物体が見える。 それは紛れも無く、補給物資を満載して疾走する馬車隊であった。 距離は、大雑把でも8000メートルほどであろう。 「突っ込むぞ!」 マーチンは、他の3機のアベンジャーに向けて言うと、愛機の速度を上げた。 エンタープライズのアベンジャー隊は、胴体の爆弾倉に2発の500ポンド爆弾を搭載し、うち1発はナパーム弾である。 ナパーム弾は、今年の6月に輸送船から回されてきたばかりの新兵器で、拠点を防衛する敵を一気に焼き払う目的で開発された物だ。 通常の焼夷弾と違って、ナパーム弾は油脂類であるナフサとパーム油と呼ばれる粘質のある油脂を混ぜ、それを弾体に入れて使用される。 実地試験では、900度から1000度以上の高熱を発して、固い目標物を瞬時に消し炭に変えたという恐ろしい兵器である。 今回搭載されたナパーム弾は、外見は航空機のドロップタンクと瓜二つの格好をしている。 ナパーム弾の実戦使用は、今回が初めてであり、今日の補給物資集積所の攻撃に多大な効果を発揮するであろうと思われていた。 4機のアベンジャーは、高度2000メートルから徐々に高さを下げていく。 照明弾の光に照らされた6台の馬車は、向かってくるアベンジャーに気が付いたのか、にわかに増速し始めた。 だが、せいぜいが40キロ、早くて50キロ近くしか出せぬ馬車に対して、アベンジャー隊は400キロ近い速度でみるみるうちに接近してくる。 距離はあっという間に縮まり、アベンジャーの高度が300メートルになった時は、馬車隊との距離はさほど離れていなかった。 「爆弾投下!」 マーチンは、敵との距離が400を割った所で爆弾を落とした。その時、先頭の馬車が右手に方向転換した。 (今更進路を変えても遅い!) マーチンは、敵の稚拙な判断に内心で喝を入れながら、機銃の発射ボタンを押した。 両翼の12.7ミリ機銃がダダダダダと、音を立てながら放たれ、曳光弾が馬車隊の列をミシンを縫うように駆け抜けていく。 マーチス機が馬車隊の上空をフライパスした時、投下した爆弾が地面で炸裂した。 最初に落下した500ポンド通常爆弾は、3台目の馬車から右側に10メートル離れた位置で爆発した。 さほど離れていない位置に炸裂した爆弾は、脆弱な馬車の車体をあっさりと跳ね飛ばし、夥しい破片が馬、御者、幌の中にいた兵士や 積荷全てを切り刻み、あるいは引っ掻き回した。 派手に横転した3台目の馬車は、木造の荷台が破片を撒き散らしながら3度も回転し、そして停止した。 そのすぐ横にナパーム弾が落下した。信管が作動するや、弾体から紅蓮の炎が吹き出す。間近で火炎を浴びた3台目が、瞬時に火達磨と化す。 燃え切れなかった燃焼剤が周囲に飛び散るか、ハイスピードで前方に駆け抜け、直撃を免れた筈の2台目の馬車を飲み込んだ。 あっという間に炎に包まれた馬車は、そのまま炎を纏わりつかせたまま全速で街道を疾走し、すぐに停止する。 辛くも難を逃れたはずの1台目は、アベンジャー3番機からの機銃掃射をもろに受けてしまった。 高速弾が、馬を操っていた御者や馬、中の人や積荷を分け隔て無くゴミ同然の破片に変え、俊敏であった馬車の勢いが瞬時に衰える。 そこに2番機の爆弾が直撃し、小さな車体は文字通り木っ端微塵に吹き飛ばされてしまった。 積荷は爆弾炸裂時の高温で消し飛んでおり、残ったのは、宙に舞い上がった微か燃えカスぐらいであった。 一方的な殺戮は、僅か5分で終わった。 マーチン少佐は、草原の上で燃えている火の固まりに目を向けた。 そこには、今さっきまで必死に街道を駆けていた馬車隊の名残があった。 6台の馬車は、例外なく全て爆砕されるか、焼き払われ、ヘルベスタン領の大地に僅かな痕跡のみを残していた。 「敵とはいえ、哀れな物だ。」 マーチンは、少しばかり敵に同情していた。 これから味方部隊を助けようと、勇躍前線に向かおうとしたら、突然現れた凶敵に襲われ、為す術も無く死んだ敵兵の恐怖は、計り知れぬ物があるだろう。 「今まで、マイリー共は現地民に対して、やりたい放題していたとはいいますが・・・・・今度は、奴らに舞台が回ってきた訳です。ヘルベスタン人の 味わった恐怖を、あいつらも少しは理解できたでしょうな。」 電信員がマーチンに言ってきたが、彼はただ無言のまま、爆撃によって火の塊となった馬車隊の名残を見つめていた。 この日の夜間攻撃は、アメリカ側に1機の喪失も無く終わりを告げた。 空襲を受けた野戦物資集積所は、艦爆隊や艦攻隊の猛爆によって完膚無きまでに叩き潰された。 マオンド側は、また1つ貴重な物資集積所を失ったのである。 だが、アメリカ側は、この物資集積所以外にも目立った損害を与えた事に気付いていなかった。 マーチンらが、普通の補給隊と思い込んで爆撃した馬車隊は、災厄の種を、反乱側の市販地域に持ち込もうとしていた。 だが、米機動部隊の急な夜間空襲。そして、指揮官機の気まぐれによって、マオンド側の目論みは早くも崩れることとなった。 後年、エンタープライズ隊が爆撃した馬車隊が、実は極秘作戦のために用意された特殊部隊と最凶最悪の積荷を運んでいたことが判明するや、 世間は驚愕の渦に包まれた。 その発表から後に刊行されたモリソン戦史には、この日の夜間空襲に関係する部分の最後に、こう記されていた。 「神の名の下に、悪魔ですら目を背けるような所業を行おうとしていたマオンド側であったが、この時の出来事は、 まさに天罰に等しい結果と言えたであろう。」